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有無を言わさぬ「圧倒的な臨在」
2017-07-21 Fri 23:42
私のように何度も長期滞在を繰り返している「オールド・ディヴォーティ」ともなると、まず殆どの場合「アシュラム本体敷地内」にある「古いゲストルーム棟」の中のどこかの部屋をあてがわれるわけだが、↓

http://www.geocities.jp/ramana_mahaananda/ramanasramam-holder/guestroom/menssingle.htm


今回は全く想定外な事に、なんと一番新しいMovieゲストルームにあてがわれたではないか!!(・・・どうやらこれはまだ事態が復旧しない渇水状況での「給水制限」も関係している模様ではあるのだが。)


http://www.geocities.jp/ramana_mahaananda/ramanasramam-holder/guestroom/moraviGH.htm


このゲストルームに泊まるのは3年ぶり2回目だが、今回はそのエリアの中でも新築された建物ではなく、旧図書館だった建物をリニューアルした棟の3階の部屋である。

熱が籠もって暑いのが欠点だが部屋はシングルにしてはかなり広いし、窓がアルナーチャラに正対している上に3階で遮蔽物もないので、

「アルナーチャラのほぼ全景」が部屋の中から堪能できる!!・・・というスペシャルビューの部屋なのざんすよん!!

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そして角部屋で屋上に上がる梯子段開口がすぐ隣なので、さっそく上ってみたらこれまた圧倒的なアルナーチャラの景観を「真正面」から拝することが出来るではないか!!(Movieゲストルームは複数棟あるが、他の棟は屋根が3角形状なので屋上に登れないのだ)


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ラマナアシュラムはアルナーチャラの直ぐ麓にあるため、周辺の樹木たちが生い茂る昨今にあっては、

「アシュラムの中にいると、あんまりアルナーチャラがよく見えない」

・・・というなんだか皮肉的な状況なのではある、もちろん視覚ではない「直覚的な静謐なる波動」が、とりわけ本体敷地内には遍満しているのではあるが。


それだけに今回は「アシュラム施設内での数少ないビューポイント」となっている部屋にあてがわれたことに大感謝・感激した次第なのざんすよん!!



そんなわけで屋上で真正面に対峙するアルナーチャラに礼拝していたら、浜松の母が居住している施設から電話が入った。

・・・「母の状態芳しからず」というもので、パーキンソン病が進行して(この春先からそれが顕著になってきたのだが・・)ますます歩行困難となり転倒するケースも増えてきて、今朝方はトイレで転んで打撲とのこと。

怪我は大したことはないのだが、今後は「車いす」使用の生活に移行させたい・・・とのことであり、昨日の報告によればどうやら母自身が「肉体がままならない」ことに苛立ち興奮して反抗的になっている模様・・元来「新しい生活様式」に慣れるのに時間がかかるタイプなので、少々対応に難儀しているわけであろう。



そんな状況下で私が南インドに来ているのはいささか忸怩たる「プチ罪悪感」を感じざるを得ない・・・ものの、同時にこれは一方ではあらためて「恩寵」というものの顕現をリアルに直面した感動でもある。


昨年夏も私の当地滞在中に母が「軽い肺炎」で身動きが出来ず、当時居住していた施設(ケアハウス)では対応できないため、「治療と言うより療養」のために病院に入院する・・・という事態になって困惑したのだが、

それを契機としてケアマネさんから、「元気なうちに『看護体制がしっかりした施設』への引っ越しを検討されてはどうか?」と提案されたので、おすすめのグループホームに母を伴って「とりあえず見学&入居待ち申し込み」に訪れたところ先方の担当者から、

「実は急に空きが出ることになって来月から居住可能ですが・・どうされますか?」

という俄には信じがたい「神懸かり的」な展開になり、それを受け入れて昨年12月にあれよあれよの勢いで現在の施設へ引っ越した・・・わけである。


http://sirius02.blog6.fc2.com/blog-entry-1463.html


もしあの時点で話を断って(あるいは話自体もなくて順番待ちで)そのまま前のケアハウスに居住を続けていた・・・としたら、

現在の母の状態では「入居条件」に該当できなくなってしまうため(ケアハウスの場合は「日常生活での身の回りのあれこれが独力で可能」というのが、基本的前提の条件である)、大変良心的な対応をしていただいていたケアハウスであったのだが、さすがにそのまま居住するのは無理なので、

今頃は「次の住居探し」という大難題でてんやわんやとなって、到底アルナーチャラに来る余裕はなかっただろう・・・もし来ていたとしても旅程をキャンセルして帰国せざるを得なかったのではないだろうか?


このグループホームは「寝たきり」になっても、あるいは最終的な「看取り」の段階でも居住可能・・であり、今回の対処にしても「遠方でご心配でしょうがお任せください」という暖かく力強い言葉をいただいて誠に恐縮であり、余程の「緊急事態」とならない限りはそのお言葉に甘えて予定通りに「第27次インド計画」を進行する所存である。



そのように考えたら、ラマナ&アルナーチャラはそこまで面倒を見てくれながら私を招命されたのだ・・・ということになるではないか!!

(因みに以前「独り暮らし」から前のケアハウスに移住した際も、見学に行った半年後には引っ越しが実現している・・しかも老朽化した家の取り壊し&退去を告げられた直後に!!)



しかしそこまでお計らいになってまで、どうしてラマナ=アルナーチャラはかくも「出来の悪い」私を御招命されるのだろうなあ?・・・というのは未だにわからない謎である。


ともあれそんな「せせこましい疑念」などは、この場合なんら問題とはならないかのように、ふと気が付くとアルナーチャラのお姿は開け放たれた窓や入り口からいつでもこちらを凝視されている・・・わけで、

その有無を言わさない「圧倒的な臨在」は、今回はことのほか強烈なのである。
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「初めての試み」2つ
2017-07-20 Thu 21:29
というわけでいよいよ「第27次インド計画」発動ざんす。


しかしバタバタと準備に追われたり、炎天下での移動の連続でくたびれていて完全に失念していたのだが、空港出発時にカウンターで「インド出国便」のチケットOR予約手配書の提出を求められる・・わけですな。

パスポートにやたら沢山インドヴィザがあるので「インドにお住まいですか?」などと聞かれてしまった(笑)・・・居住証明があれば片道でもOKというわけざんすね。


口頭のやりとりでも済みそうだったのだが、「出来れば見せて貰いたい」ということになった・・・実はこの件は出発前日の真夜中に「印刷していなかった」ことに気づき、YOGABOOKに手配書をダウンロードしてファイル化しておいた・・のが大正解だったわけで、タブレットPCの初お役立ちとなった次第(笑)。



そして今回懸案事項の一つであった「クアラ空港でインドルピーの入手は可能か?」について初めて試み、結果はOKであった。

ただしこの場合外貨からの直接両替ではなく、「一度マレーシアリンギに両替してから」再両替という形式になるため、手数料が2度かかる上にレートもかなり悪くなり、100米ドル→5000ルピーと金額的にはかなり損ではある。


ではあるもののチェンナイ到着後に、時差の関係で頭がぼけている中で荷物を抱えてインド人たちの鋭い眼光に晒されながら、インチキ丸見えの親切ごかしの大きなお世話の勧誘を振り切り、ぼんやりしてるとごまかされかねない両替に神経を使い(両替ブースでトラブルにあった事例は少なくない)

・・・云々といった「面倒臭い作業」が一つ減る・・ことの精神的意義はかなり大きいわけで、そのための対価だと思えば決して無駄ではあるまい(笑・・そもそもチェンナイ空港での両替もレートは悪いし結構手数料を取られる)。


アシュラムに依頼したタクシーの料金は、アシュラム到着時にインドルピーで払う・・事になっているため、どうしてもインド到着時に料金分のインドルピーを入手しておく必要があるわけだが、

その作業を乗り換え待ちの時間に、クアラ空港の落ち着いた環境の中で済ませておく・・ということは、とりわけ「初インド」の個人手配旅行者にはおすすめと言えるだろう(「外貨→マレーシア・リンギ→インド・ルピーへ」という作業そのものは、ブースの職員が一括してやってくれるので特に面倒ではない)。


そして5000ルピーという金額はエアコンタクシー代金を払った残金でも、到着早々の「日用品の買い出し」には十分な金額でもある。

・・1週間前後の短期滞在ならば、帰りのタクシー代金と個人のお土産予算とアシュラムへのドネーションを別にすれば、日常生活予算としてはそれだけでお釣りがくる金額でもあろう。


その「帰りのタクシー代金と個人のお土産予算」は、米ドルならばアシュラム周辺のエージェントで簡単に両替できるし(レートもかなり良い)、「アシュラムへのドネーション」は日本円でも大丈夫。

余ったルピーはそれもアシュラムへドネーションしてもいいし、日本へ持ち帰って次回の再訪に備える・・という選択もあろう(昨年秋の「高額ルピー紙幣無効宣言」みたいなのがなければ、だが・・笑)。



もっとも深夜だったせいもあろうが、チェンナイ空港もなんだかいつもより静かな感じではあった・・まあ「インド27回目」の貫禄?が胡乱な輩を寄せ付けない・・・のかもしれないのだが(笑)。



そして初めての試みその2である「エアコンタクシー」は、懸念したほど冷えずに済み実に快適であった・・わずか300ルピーの差額ならば今後は「エアコンタクシー」を常用しよう。


道も整備され深夜だったこともあり所要時間は3時間を切るほどの早さで午前2時半過ぎにはアシュラムに到着した。

そんなに早く到着するとは思ってなかったので、うとうとと一眠りしていて運転手に声を掛けられた時は、「途中のドライブインで休憩する」話か?・・と勘違いしたほどである(笑・・ということは今回の運転手はノンストップで走ってくれたわけざんすね)。


・・・・というわけで今年もまたアルナーチャラへやってきた!!わけなのだが、ここで全く想定外の出来事が待っていたのであった!!


次回に続く


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これに勝る幸せはあるまい
2017-07-17 Mon 20:20
インドへの出発に先立ち、室内ガーデンの全アイテムの鉢替え&外置き移行完了。

「観葉」系は結局玄関周りに移動させ、南面は「多肉」系のみとした。サボテン大鉢は勝手口手すり付近に寄せて、インシュロックで支えて揺れ止め固定した。

今回は時を同じくして同居する相棒も鴻巣を出て再び長期帰省&9月5日に4年ぶりのアルナーチャラ訪問・以降合流してマレーシアへというわけで、帰国する10月5日まで水やりが出来ない・・・ので、全部外置きにして後は雨による自然給水に委ねるのである。


この夏は関東は水不足が懸念されているが、さてさて10月の帰国時点でどうなっているだろうか?

・・・その時点で生き残りを果たした鉢は、冬に備えて再び室内に戻してガーデンを再構成する予定ではあるのだが、サボテン始めとした「多肉系」は何とか生き残るであろうと期待しているものの、「観葉系」は既に連日の強烈な日差しでかなりダメージを受けてしまった・・のでこちらは期待できないであろう。



そして結局ギリギリまでなんやかやと準備作業に追われたが、14日に鴻巣を出発。


フライトは明日18日関空からなのだが、その前にあちこち国内移動という毎度お馴染みのパターン・・ところが今回は不幸なことに3連休と被ってしまったので「宿の手配」が少々大変であった。


14日は静岡・掛川泊。15日は午前中に袋井の可睡斎参拝・・久々に秋葉三尺坊大権現さんのお守りを新調した(このお守りはギリプラダクシナの最中にも携帯するのだ)。

掛川に戻って天竜浜名湖線に乗って大回りで新所原へ、豊橋駅構内のコインロッカーにセカンドバックを預けて身軽になって蒲郡の竹島参拝。

それから豊橋に戻って荷物を引き出し、ホテルにチェックインしてから豊川稲荷参拝、豊川泊。


16日は名鉄で名古屋へ向かい近鉄に乗り換えて伊勢市駅へ。ここでも駅のロッカーに荷物を預けて恒例のお伊勢参り・・・だったのだが、連休のまっただ中で各お社は「満月のギリプラダクシナ」並の大混雑。

おりしも酷暑炎天下で、本来は夏でも涼しい内宮境内も溢れかえる参拝客の熱気に満ちて息苦しいほど・・・私の好物である夏の名物「赤福氷」を楽しみにしていたのに、どこの赤福店舗も「満席&長蛇の列」で涙を飲んで断念せざるを得ないほどの混雑ぶりであった。


今回は伊勢の宿が取れなかったので、主要なお社のみ挨拶だけですっ飛ばす感じで近鉄特急で大阪へ、関西ではお気に入りのカプセルホテルに投宿(連休中日だがここだけは大丈夫だった)・・ここもなかなか素敵な大浴場設備なのだ!!・・・これからしばらくは「シャワーのみ」の生活なので、存分に「大浴場」を堪能した次第(笑)。



そして本日17日は大阪駅のコインロッカーに荷物を預けて阪急電車で京都・嵐山へ。

嵐山の古刹の一つである常寂光寺にある柳田先生の墓参、今回のアルナーチャラ訪問・滞在出発のご挨拶・・・今回の滞在では先生のご命日である8月16日に通算400回目となるギリプラダクシナを予定しているのだ(そもそもそこから逆算して今回の旅程となった次第)。


その後は伏見稲荷の参拝を済ませて大阪に戻り、馴染みの宿に投宿・・この宿から関空に向かうのはこれが3回目ですなあ。


しかし連日の猛暑・酷暑のさなかを各地の寺社仏閣参拝というわけで、これはかなりハードだったざんすよ・・・・こんなことなら「大阪一泊にして新幹線に乗る」方が遙かに効率的・経済的なのだが、まあ関空出発の際の「ある種の儀式?」みたいなものざんすからねえ(笑)。


後は最終パンキングをして、明日関空で米ドル両替をすれば準備完了ざんす・・・・今年もいよいよ出発なのだ!!




でまあ、今回の出発準備が大変だった理由の一つは、これまで長らくどうしたものかなあ?・・と考えあぐねていた「タブレット」PCを、鴻巣出発の5日前という段階で購入したからでもある。


機種はレボノのYOGABOOKであるが、最大の用途として「『手書き入力』によるデータのストレージ」ということがあるわけで、それをメインで考えると、この機種は圧倒的な個性&パフォーマンス能力があるのですなあ。


http://www3.lenovo.com/jp/ja/notebooks/yoga/yoga-book/Yoga-Book-with-Windows/p/ZZITZTWYB2L




特にこれはうっかり見落としていたのだが、「紙の上にインク書きしたものも同時にそのままデジタル化される」・・というのは、これはこの機種のみの特徴だし、まさしく私の用途にはもってこいの機能ではないか!!(見落としてなければもっと早い段階で購入していたかも?・・笑)。


アシュラムはWi-Fi対応していないので、結局は部屋でネット接続はしない・・のだが、もし要すれば現地にてシムカードを購入すれば「どこでもネット接続可能になる」・・・わけではある。


かくして今回から「端末」携行のアシュラム滞在になるのだねえ・・・これは長年の懸案事項だったのだが、その反面どこかこう「プチ罪悪感もどき?」なところもあったりしますなあ。(気分的には滞在期間中は「完全ネット絶ち」してみたい・・・というのも確かにあるわけで・・笑)

「いったい私はアルナーチャラに何をしに行くのだろう?」

というのは毎度毎度「考えさせられる」内容だったりするのだが、さて実際にはある意味で「業務?」だったりもするわけで?


今回もまた私の滞在中に、個人手配での「初訪問・滞在」を予定されている方が3名いらっしゃって、私の滞在後半・宿替えの直後から「大体一人づつ丁度入れ替わる」感じでやってくる・・・というスケジュールなのですなあ。


そのほか再訪者が2名と別の知人も来る模様だし、今年は久々に鴻巣の家の家主であるリシケシのS夫妻も2週間滞在なので、あれこれと直接話をする機会があるし、相棒も途中から合流・・・というわけで、

柳田先生の命日&ギリプラダクシナ400回到達を過ぎて、宿替えしてアウター生活になる辺りからの滞在後半は、なんやかんやと忙しい模様(笑)。



そんな風な「業務」も兼ねた滞在なので、これで案外私は「荷物が多い」のざんすよ・・・今回は更にYOGABOOK&周辺機器の分だけ荷物が増えて重くなったですなあ。


しかししかししかし、これで今回からは「いつでも・どこでも」好きなだけ、「美代ちゃん動画&歌曲」を鑑賞できるわけざんすよ、これに勝る幸せはあるまい、わはははは・・・・・!!




追記

19日早朝にアシュラム到着、以降は恒例の「アルナーチャラ滞在日記」として、現地から適宜投稿掲載していく予定。



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今回は7月19日未明にアシュラムへ到着予定です。
2017-07-13 Thu 21:00
というわけで、今回の滞在日記の掲載は7月20日以降開始予定・・・乞うご期待!!(笑)
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奉祝!「雌牛ラクシュミー・デー 2017」
2017-07-05 Wed 14:37
関係各位


皆様いかがお過ごしですか?


本日7月5日はタミル暦計算による今年の「ラクシュミー・デー」・・・ラマナと特別な霊的関係で結ばれていた「牛だけど信奉者」・「牛だけど聖者さん」である雌牛ラクシュミーの69回目の命日です(西暦では6月18日)。

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・・・ということでこの記念日に合わせまして、「臨在」サイトに新しいコーナーを立ち上げ掲載しましたので是非ご覧ください。


「インドヴィザ個人申請の為のガイダンス」↓


http://www.geocities.jp/ramana_mahaananda/personal-holder/visa01.htm


インド渡航にあたっての必須アイテムですが、これを「個人申請」するのはなかなか労力の要る作業ですが、それについてまとめた解説です。



その他にお知らせが2つ。


今年も10月に東京・国立の旅行代理店「カイラス」(代表落合さん)主催の「アルナーチャラ巡礼ツアー」が予定されています。

インド自体が初めてで「個人手配旅行はどうもハードルが高い・・」と躊躇されている方には大変お勧めのツアーです。↓


http://sirius02.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=5383161




もう一つはラマナアシュラム公式サイトでの、「私は誰か」日本語版ダウンロード開始について。


http://sirius02.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=5642024




私の方は先日インドヴィザの申請・発給も済みまして、出発に向かってカウントダウンが始まった感じです。



今回の旅程は7月18日昼に関空から出発、ラマナアシュラム到着は19日未明の予定。


今回はアシュラムからは1ヶ月の滞在許可を頂きました、8月の中旬には外部の宿に移ります・・・私の滞在期間中に現地においでになる予定の方は宜しくお声掛けください。


9月17日夕方にアシュラム出発、チェンナイから夜行便で出国してマレーシア・ペナン島へ。


今回はそのままペナン滞在ORマレーシア各地訪問ORバリ島ティルタガンガ再訪・・・のいすれかを検討していますが現状未定です(笑)。


その後クアラルンプールから10月5日深夜に羽田へ帰国予定です。




では皆様のハートにラマナ=アルナーチャラの比類無き臨在と恩寵が満ちあふれますように!!


OM NAMO BHAGAVATE SRI RAMANAYA,
ARUNACHALA SHIVA !!

OM SHANTI SHANTI SHANTI


シリウス・マハナンダ 鈴木尚志
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それは「巡礼の旅」なのだから・・
2017-07-02 Sun 20:51
昨日はアシュラムへの初訪問・滞在を検討中の長野在住の方が鴻巣までおいでになり、ラマナ・ミーティング実施。

まだ旅行代理店「カイラス」さんの「巡礼ツアー」か?個人手配にするか?・・が決まらないとのことだが、予定されているスケジュール的には「個人手配」となるとそろそろ作業をスタートさせた方が宜しいので、改めて「カイラス」さんに問い合わせるとのこと。

因みにこの方は三重県度会郡(お伊勢さんのあるあたりざんすね!)の出身で、その後は長らく豊橋に住んでいた・・・とのことで、まあ出来るだけ仲良くしておきたい人物?ではあるねえ(笑)。



一方先日問い合わせのあった関東在住の方(同じくインド初訪問)から返信あり。

なんと「8月の訪問・滞在はもう難しいだろうか?」・・・とのこと。

まあ中旬以降なら急いで申請すればまだ間に合うとは思うが、さて滞在許可を先行するとしても、それに合わせたチケットをうまく手配できるかどうか?・・ということにもなる。

「他にも行きたい場所がある」ということもあって、全体プランが不鮮明なので何とも言い難いところではあるねえ・・おそらくは勤め人OR主婦であろうと推察されるが、であれば「夏休みに1週間~10日間」というパターンなのだろうか?


住所的に「鴻巣から遠くない」とのことで、要すれば鴻巣にてラマナ・ミーティング実施・・・となりそうではあるのだが、となると現在取り組み中の「臨在」サイト更新・新設・リニューアル作業が終わる6日以降ざんすね。

私自身は18日関空発であるが、鴻巣を出発するのは14日昼予定・・・昨年に比べたら(劇団の公演終了2日後の出発であった・・笑)かなり余裕があるとはいえ、なかなか諸般出発準備が急がしくなりそうである。




現在取り組み中の「臨在」サイト更新・新設・リニューアル作業というのは、「インドヴィザ個人申請ガイダンス」ファイルの制作・編入作業。

原稿段階で少々苦戦した・・・やはり「なかなか厄介な案件」を詳細に説明するのは中身に比例して?「けっこう大変」なのですなあ・・(笑)。

まあそれでも何とか5日の「雌牛ラクシュミー命日(タミル暦)」に間に合わせられる目処がついたざんすよん!!


もっともこのファイルは「ラマナ=アルナーチャラ」に直接関わる解説・・というわけではないのだから、無理矢理「ラクシュミーデー」に合わせる必然性があるわけではないのだが、

「関係各位への一斉お知らせメール」の告知にこのファイルの紹介を記載したいというわけざんすね・・実際これから「インドヴィザ申請」に挑む?方が数名いらっしゃるわけなので一応意義はあるわけだし。


でまあ、申請に関するテクニカルな説明というのはもちろんとして、

「個人申請」する・・という営為にはどんな「意義」があるのか?

についても解説したので、ここにそれを紹介するざんす。



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「個人申請」という営為自体の意義について



サイト管理人は1990年以降ほぼ毎年インドに渡航しておりますが、毎回のことながらこの「インドヴィザ申請」は、大変厄介で面倒で労力を費やさざるを得ない作業だよなあ・・・というのが実感です。


インドのヴィザ事情・・・もうちょっとどうにかならんかな?

と申請の度に思うのですが、それでもよく考えると「申請作業が大変面倒」なだけであって、特に勝負?は「受理されるかどうか?」の部分であり、「受理され」てしまえばまあ9割5分方「発給」されるわけで、

「6か月」有効のヴィザを、国内申請ならわずか1400円で発給してくれる。

・・・というのは、他の国々の実状と比較した場合には「かなりの好待遇」なのです(日本はインドから最恵国待遇を受けている・・「対中国」連携で両国の思惑が一致しているのが大きいのですが)。


さて実際問題として「旅行代理店」に「申請代行」を依頼すれば、その
「厄介で面倒」な作業に悩まされることはなく、とりわけ遠方に居住されている方や仕事が忙しくて申請作業&直接窓口まで出かける暇がない場合には、少々料金が割高になるとしてもコストパフォーマンスとしては大いに意義があります。



では逆に、その「厄介で面倒な」個人申請をする・・ということには、果たしてどれだけの意義があるのでしょうか?

もちろん窓口での申請ならそれ自体の料金はわずか1400円である・・わけで、

「さほど交通費がかからない地域に住んでいる&平日午前中に動ける時間的自由がある」

場合には、窓口に直接申請する方が「旅の予算」節約になるわけですが、


むしろそれよりも「個人申請」をすることで、いわゆる「インド的不合理」との対峙を体験する?ことになり、それこそがインドへの旅にあたっての「なかなか有効なトレーニング」になる・・・という点が「最大の意義」でありましょう(笑)。



インドへの旅にあっては(特に初めての場合)多かれ少なかれ「様々なカルチャーショックの洗礼」を受けることになりますが、日本での日常生活では当たり前のように進行する「ちょっとした事務処理」が、全然こちらの予定や思惑通りにいかなくてストレスがたまる・・lということがあります。



例えばインドの「お役所」だけでなく、郵便局とか銀行とか鉄道駅やバスステーションの受付カウンターなど・・に、日本のそれと同じ感覚でアプローチすると、思ってもみないところでクレームが付いたりして通用せず「やり直し」になったりする・・・ことが多々あります。


先進諸国的な「作業効率」を重んじていない側面もあり、日本でなら10分もかからないことが小一時間かかる・・というのもごく普通な話ですし
、電話に出た人が「適当なこと」を言ってそれを信じたら「窓口では却下」されるとか。

日本のように「上で決まった法令が末端まで完全に浸透している」というわけではない?・・ので、どの担当者に当たるか自体どこか運命次第なところもあり、それ故に情報が錯綜して「どれが真実で、誰を信じたらよいか?」が分からなくなったりもします(笑)。



そしてインド大使館・総領事館とはまさしく「インドのお役所」なのですから、その仕事ぶりもやはり「インド的・インドスタイル」が基本にあるわけで、そこに個人申請するということは必然的に、

ころころレギュレーションが変わる&のにそれが不徹底かつ説明が不親切その上作業が非効率・・という、「インド的不合理」との戦いになったりするわけです(笑)。

例えば夏休み・春休み前などは大学生・専門学生たちの申請者が激増するのに作業がはなはだ非効率なため、「只今の待ち人数は100余名」なんて表示が出て、ただひたすら「忍の一字」で待つ・・・なんてこともあり、しかも待った挙句に「不首尾で突っ返される」たりしたら怒り心頭。



・・・・そんなこんなでまことに腹立たしくストレスが溜まったりするのですが、インド入国前の段階でこの「インド的不合理」の洗礼を受けておくと、現地に行ってからあれこれの局面で遭遇する事柄への「心構え」という免疫?が出来る・・・わけですね。


もちろん全ての申請者がこのような面倒な体験をするわけではありません・・細心の注意で申請書を完璧に完成させ、写真などの提出書類も完備した上で申請すれば「あっけなく一発で受理」されるわけですから。

つまりその「細心の注意で申請書を完璧に完成させ、写真などの提出書類も完備」する・・・というところに結構なエネルギーを要したりするわけです。


もっとも「インド的不合理」がこちらにとって都合のいい方・悪い方どちらにでるか?・・・なのであって、時にはその「いい加減さ」のおかげでむしろ物事がスムーズに行くケースもあるわけですから(笑)。




そしてある意味でこの「インドヴィザ個人申請」というのは、旅に出る前の最大の儀式?みたいなもの・・かもしれません。

とりわけアルナーチャラ・ラマナアシュラムへの訪問・滞在ということに関しては、「全てお任せ」のツアーの実施機会が乏しいため基本的には「個人手配旅行」がメインとなります。


エアチケットを手配し、アシュラムに連絡して滞在許可を頂き、そしてインドヴィザの申請・発給・・・というステップをこなしていくわけですが、初めての方の場合は「これまでの日本での日常生活」では体験したことのない「未知の事柄」への挑戦・・でもあるわけで、

これらは見方を変えれば(大げさに言えば)、「慣れ親しんだ『日常』というエゴの枠組み」を越える「修行的営為の一環」ともいえる・・のではないでしょうか?


多分に牽強付会的な・おかしな例えですが、

「アルナーチャラ巡回行」であるギリプラダクシナにおいて、残り4分の1辺りまで来た時点で「喧噪雑然・阿鼻叫喚のカオスたる繁華街のまっただ中を通過する」・・という最大の難所に差し掛かるわけですが、

ギリプラダクシナを完結するには、嫌でもこの難所を「淡々と歩いて通過する」・・というプロセスを避けるわけにはいきません。



サイト内で機会あるごとに強調しておりますが、「アルナーチャラへ行く」・・・というのは、決して「物見遊山的観光旅行」ではありません。

それは「巡礼の旅」なのですから、この厄介で大変なインドヴィザの「個人申請」という営為もまた、「巡礼」につきものである「狭隘あるいは荒涼たる難路を淡々と注意深く歩いていく」プロセスそのもの・・・・

であるのだとしたら、それ自体が「個人申請」することの最大級の意義である・・と言えるのではないか?



・・・以上がサイト管理人の個人的見解です。
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13回忌?の所感
2017-06-23 Fri 20:54
先日の記事の続き・・・・

さてそんなわけで、20日は「刃傷事件」記念日・・・あの時死んでいたら13回忌だったわけで、以来12年間という流れはなんというか私自身の意志を越えたところで、いわば「生かされ在る」ものとしてこの現象世界の中に置かれている・・わけではある。


とりわけここ5年というものは労働に従事せずぶらぶらと無為徒食にして世捨て人的隠遁・引き籠もり生活を送っているのだが、世間であれこれと「社会(という関係性)の歪み」を直裁的に反映したような犯罪事件が発生し、その容疑者が「50代無職・引きこもり・社会不適合などなど・・・」というケースだったりするのを見聞すると、いささか忸怩たるものを感じざるを得ない。


そういう容疑者たちは往々にして「オタク」的気質であったりもし、「いい年こいて気色悪い」趣味のコレクションに囲まれた部屋・・に住んでいたりもするわけだが、まあその点に関しては私が批判できる立場にないことは明白であろう・・なんせ書斎兼寝室の半分は「美代ちゃん」グッズで占められているからねえ(笑)。

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有り体に言って私もまた「50代無職・引きこもり」的な「オタク」・・・「美代ちゃん」オタク&「ラマナ=アルナーチャラ」オタクなわけですな。


しかし世の中には稀に「人様の役に立つ」オタク?というのがあって、幸いにして「ラマナ=アルナーチャラ」オタクの方は、

私同様に「ラマナ=アルナーチャラ」に魅入られてしまい、「是非とも現地を訪問・滞在したい!!」と熱望する方々への、「宣伝屋・案内屋」として機能している・・わけである。


もっともこの「宣伝屋・案内屋」というのは、あくまで「機能・役割」としていわば「神様の道具」として使われているだけ・・・なのであって、そのことは私自身の自由意志とは全く別の次元で事が運んでいるわけである。


であるが故に、その「宣伝屋・案内屋」であることをいわゆる「アイデンティティ」とするのはいささか不適切であろうし、「バクティ」というスタンス?もまた「それ全体性の結果的帰結」なのであって、私が意図的に選びとったわけではないのだ。

そして「道具」である以上そのメンテナンスは、道具の所有者にこそ責任(生殺与奪も含めて・・)があるわけなので、私個人には「人生に対して働きかけるべき義務・権利・責任」は全くない・・のである。



・・という具合なので私自身はグルでもスピ系指導者でもないし、現在では「ヨーガ教師」の看板も降ろしてしまったので、流行の?「非二元論」的なアプローチのあれこれ・・にもさほど興味がない。

もっともラマナという聖者さんは、その「非二元論」のもっとも精緻な結晶である「不二一元論・・アドヴァイタ・ベータンダ」を体現した大親分みたいな存在なので、私も一応「それに組した」スタンスをとっているだけ・・である(笑)。



そんな具合なので「日常生活は煩悩まみれ」のいささか「出来の悪い」ラマナ=アルナーチャラ信奉者・バクタなのだが、最近もそれを痛感する出来事があった。



先日の記事に書いたように今回のインドヴィザ申請にあたっては、「ラマナアシュラム」を申請時の「滞在先・連絡先」として記入することの是非で悶々としていた・・わけだが、結果として「全くの杞憂」であったことが知人からの連絡を機に判明した。


つまり私は、「自ら実証する」という営為による「事実認識」ではなく、「状況的にこのようなものではないだろうか?」という推測のみで、インドヴィザ申請に当たって毎回「無意味無駄」な神経を使っていた・・・わけで、

つまりそれは「今まさにそこに現存するわけでない」対象への、「恐れ・不安・心配」に対する「戦術的回避」に労力を費やしていた・・・ともいえるわけざんすね。

(もっともその「戦術的回避」がそれなりに「実務的に有効なパフォーマンス」でもあったのは否めないわけで、それは同時にこの人生で生起する様々な案件に当たっては「実務的に有効な」戦術的対処というものは、「それなりに適切な営為ではある」と評価しうる・・のではないだろうか?)



でまあ、それではその現象世界というリアリティに、あたかもそれに確固たる実体があるかのように「錯覚」せしめるだけの「強固なエネルギー」を供給しているものは何か?

と考えたとき、まさしくその「考える=思考」という営為そのものが、そのエネルギー源だったりする・・・ということを、今回あらためて実感したわけざんすよ。


実は12年前の刃傷事件でも、「恐れ・不安」とは想念の産物でしかない・・・ということを徹見した(つもり)だが、↓

http://sirius02.blog6.fc2.com/blog-entry-550.html


それでもこの「リアルな幻覚」には、ややもすると巻き込まれがちである・・・というのが現状なのですなあ(笑)。



また一方で、やはり私という「関係性の中で機能する人格」を形成する要因の一つに

「不利な状況に対処する」戦術的パフォーマンスとして、相も変わらぬ「酸っぱいブドウの論理」&「二律背反的否定論理」が幅を利かしているのだなあ・・・という反省もありますなあ。


もちろんそれらを採用してきた理由というのが、それなりに「有効」だったから・・ではあるのを否定はできまい。

しかし現在の私にあって、今もそれが「最も適切な戦術として採用される意味があるのか?」と自問すれば、もちろん答えは「否」であろう。



であれば諸般懸念するあれこれに対する本音的心情を、素直にてらいなく「そういうもの」として認識した方が適切なのだろうな・・・と考えると、


たとえば10億円当たったら宗教法人「ヤマトアンナマライ」設立!!・・・なんてビジョンにしても、それ自体は虚偽ではないし実際そういうものがあったらいいなあ!!という気持ちからの願望であるが、

その一方で「高額当選で(将来の)経済的不安を一気に払拭したい」というのが拮抗というより、こっちの方が本来的希求なのだよなあ・・・。


だから「仕事をしたい」云々も、本音はそうではないざんすね・・・やはり「このまま不労所得で生活していきたい」という方が本来の願望であり、

残された唯一の「世俗的義務」である母の後見については、今年になってから足腰がめっきり弱くなり、介護保険の等級認定が要支援2から要介護1に移行した状況を踏まえれば、これは近い将来「寝たきり」となる可能性も視野に入れておかねばならないが、

これとても本音的には「うまい具合に良い時分にあまり手間と金を掛けずにコロリと逝ってもらいたい」というわけで、母自身の健康と安寧というよりもむしろ、「私自身が厄介な状態に巻き込まれないように・・」という願望から来ているのを、しっかり見極めて置く必要があるざんすね。



しかしまあ性欲やらなんやらにしても、常にアンビバレントな混合状態でそれらが変転生成している・・・というだけなのであって、それを「どうにかして『理想的な状態』へとコントロールしよう」というのは不適切なのだろうな。

結局懐疑心・猜疑心・功名心・承認欲求・・・それらの営為を、意志によって制御すること自体がすでに、「エゴの枠内」に取り込まれていく・・わけざんすからね。



そこらへんを「流して・見切って・明け渡す」ということで、面白かろうがつまらなかろうが、不安と迷いのまっただ中を、ひょいひょいと綱渡りしながら高らかに笑いながら?

・・・それらを含めた一切合切の「私」という中身・あらゆる「思い」なるものを、「明け渡す」ことが結局は今求められている「最善の道」であろう。


12年前の事件で私は「今後一切の人生のあれこれ」に関して、サットグルであるラマナ=アルナーチャラに委ねたはずざんすからね。

私の場合はどうあがいても結局最終的には、「比類無き臨在と恩寵」へのバクティへと全てが収束されていく・・・以外の人生航路は存在しないのである。


そこを改めて再認識・再確認するのが13回忌的な意義であるだろう。

その上でなおかつ淡々と隠遁生活を送ろうではないか、わはははは・・・・・!!

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追記 今後の展望?


先行して以前から腹にある「移ろいゆく事象とリアリティ・存在の根元の考察&クレンペラーの音楽がもたらすもの、そして跳梁する道化」という論考テーマや、「視線と意識」というテーマなどを、

アメーバブログでの連載シリーズの「居場所と所属 吾輩は無為徒食である」での記述、あるいはONBSRAS第2部「バクティ&ディヴォーション」ともパラレルにリンクするような構成を検討・試行してみる。


・・・というような形で十分な時間をかけてアプローチしていく、ということでどうだろうか?

上記作業の状況によってはONBSRAS第2部の掲載を当面延期することも視野に入れて検討してもよいのでは?とも思う次第・・・・って、当初の予定では、これは今回の「第27次インド計画」出発前までに完成というつもりだったのだが、

遺憾ながら帰国予定の10月以降の課題となってしまった(笑)・・・まあ今回の滞在中に「草稿」的なものを書き出してみたいとは思うのだが。



そして5月下旬の旅先の宿でたまたまテレビ番組でみたわけだが(木曜夜NHK所ジョージメイン出演の「所さん大変ですよ」)、

「軽トラを改造してキャンピングカーに仕立て上げる」

という特集があり、これには大いに感化されたざんすねえ・・・これは「日本国内の聖地をのんびらと巡礼する」にはもってこいのやり方ではないか!!


https://tvtopic.goo.ne.jp/kansai/program/nhk/51759/601673/


改装費用は概ね20万円ほどだそうで、これはその気になれば私でもチャレンジできる対象ではないだろうか?・・・早い話が旅装リュックから改造軽トラへ、バックパッカーからオートキャンパーへ鞍替え・・・ざんすねえ(笑)

となると、これは将来の生活形態としてはかなりワクワク感に満ちた、しかも現実的なアプローチではないだろうか?

・・・などなどとかなり影響されつつあり、散歩中に軽トラを見かけると妙に気になって「胸が騒ぐ」今日この頃なのざんすよん(笑)。


番組動画はこちら


http://www.dailymotion.com/video/x5ntlxq_%E6%89%80%E3%81%95%E3%82%93-%E5%A4%A7%E5%A4%89%E3%81%A7%E3%81%99%E3%82%88-2017%E5%B9%B45%E6%9C%8825%E6%97%A5-170525_shortfilms
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やれやれ、胸のつかえが取れたざんすよ
2017-06-21 Wed 20:37
さてさてこの一両日は書くべきことが多いですな。

19日は今回最大の懸案事項であった「インドヴィザ」申請であったが、結論からすれば「全くあっけなく?」受理されたのであった・・・しかも2日後(本日21日)には受け取りOKというではないか。



アジア各国の入国規定&ヴィザ状況というのは千差万別で、例えばマレーシアの場合は、ノービザで片道入国可能、空港到着時にイミグレで「3か月有効」のスタンプを押してくれる・・・。

これはむしろかなり異例のことなのだが、人の出入りをできるだけ自由にして経済活動を活性化して「国益増進」に寄与する・・ということでもあるらしい。

・・もっともそれだけに「胡乱な輩」も潜入しやすくなるわけで、例の「金正男氏暗殺事件」の現場にもなってしまったわけだが。


それに比べるとインドの煩雑なるヴィザ事情・・・もうちょっとどうにかならんかな?と毎回思うのだが、それでもよく考えると「申請作業が大変面倒」なだけであって、そこをクリアすれば、

「6か月」有効のヴィザを、国内申請ならわずか1400円で発給してくれる。

・・・というのは、実はかなりの好待遇なのざんすけどね(笑・・日本は最恵国待遇を受けている・・「対中国」連携で両国の思惑が一致しているのが大きいのですな)。



とはいうものの、毎年のことながらこの「インドヴィザ申請」は大変厄介で面倒で労力を費やさざるを得ない作業なのだが、勝負?は「受理されるかどうか?」にかかっていて「受理されて」しまえば、9割5分方「発給」されるわけで、かくして今回も「やれやれ・・・」と安心した次第なのだ。

(昨年一緒にアルナーチャラへ行った北海道在住の知人は郵送で申請した際に記入ミスがあって受理されず返送される・・のを数回繰り返す羽目になって想定外の時間がかかり、ようやくヴィザが発給され手元にパスポートが戻ってきたのは出発の2日前・・というスリリング状況だった、これは心臓に良くない・・笑)


念のためサイトで進捗状況を調べたら、確かに発給されピックアップを待つのみ・・・という状況である。

https://indianvisaonline.gov.in/visa/StatusEnquiry

「Visa Status Enquiry

Application Status :- Visa processed. If not collected earlier,Please contact the respective office on next working day where you have submitted your Application」




毎度ながら大変なのに、その上今回は更にやっかいな課題というか状況?を3つ抱えていたのだが、戦果としては「2勝1敗」という感じざんす。


この1敗というのは「5年」ヴィザの件なのだ。


実はインドのツーリストヴィザは普通は半年有効のものなのだが、それを越える長期のものも一応リスト上には記載されていて、「運が良ければ?」それを発給してもらえることもあったりする。

今回アルナーチャラ定住の知人から、毎年アルナーチャラにやってくる方(この方は存じ上げてはいるが、ほとんど話をしたことがない・・)がその「5年ヴィザ」を取得したので、その経緯についてわざわざ報告して下さったのである。


しかしこの「5年ヴィザ」に関しては「さてさてどうしたものかな?」というのが個人的な実状ではある・・・確かに「あれば便利だけど・・」というところなのだよなあ。

実際問題として、私の場合アルナーチャラ滞在は現状では毎年2~3ヶ月という期間なわけで、「あれば便利だけど・・」というのは半年を越えるような長期滞在のためではなく、「毎回申請作業をせずに済む」という点なのざんすね(笑・・「思い立った時に直ぐ行ける」ということもあるが)。


そして「母の状況」を鑑みると、さて今年はどうにかなるであろうとして来年以降に関しては、状況によってはアルナーチャラ訪問・滞在を「大幅に制限もしくは当面は見送り」となる可能性・・を常に念頭に置いておく必要はまちがいなくあるざんすからね。



・・・そういうことも相まって、おそらくこれこそは事前に大使館領事部とやりとりをしてプロセスを確認しておくべきであったのだろうが、そこらへんが面倒というか鬱陶しくて気が進まず、

一応「60ヶ月」と記入した申請書を別に作って、窓口でいきなり打診したのだが、残念ながらというか予想通り「あっさりと却下」された・・将来の検討項目ではあるざんすね。


もとよりこれは最初から「ダメもと」トライなので、こちらも直ぐに引っ込めて「6ヶ月」の方の申請書を出して、それがすんなりあっさり受理された次第。



そして2勝というのは、一つは9月上旬に現地で合流する予定の相棒も一緒に出かけて奴の方のヴィザ申請も同時にやっていた・・・わけで、こちらはまあ当初からさほど懸念していたわけではないが、一つだけ私の申請と同様の記述があって「それがどうなるか?」・・ということを心配していたわけである。

(自分の申請分だけで頭がいっぱいなのに、相棒はやたら短気で文句の多い奴だけに、申請に何かのクレームがついて「インド的不合理」に対してその場で怒りを爆発されたらたまったものではないからな・・笑)



その「私の申請と同様の記述」というのが、今回最大の懸案・懸念事項だったのざんすよ。

それは今年3月21日からのレギュレーション改訂に伴い、申請に当たって「インド滞在先の住所・連絡先」の記入について、その当該ホテルなどの「予約確認書」を提出せよ・・・という件である。↓


https://www.indembassy-tokyo.gov.in/jp/downloads/Visadocuments.pdf


これまで申請書のその項目には「適当な嘘(ガイドブックからチョイスした「実際は泊まるつもりもない」ホテルとか・・)」を書いてもノーチェックでOKだったわけだが、この春からは申請にあたっては「本物」を書き、それを証明する書類を添付せよ・・と厳格化された(ことになった・・?)わけである。



となるとラマナアシュラム訪問・滞在の場合、ホテルに泊まらずにアシュラムに直行する場合は「ラマナアシュラムの滞在許可」がその提出書類に該当するのだが、

しかしそれは、ツーリストヴィザ取得に当たっては問題視されるのではないか?・・・厳密に言えばアシュラム滞在は「観光」カテゴリに該当しないのではないか?・・ということで、チェックされて「他の種類のヴィザを申請せよ」という運びになりはすまいか?と懸念されるわけ(だった)ざんすよ。


そうなると対処方法はあれこれ考えられるのだが、私自身は一人でどうとでもするとして、

「初めての個人手配でアシュラム滞在」を計画中の方々には、実際問題としてどのようにアドヴァイスしたら良いだろうか?・・・という点もなかなか厄介なわけである。

・・・というわけで、これは具体的にどうしたものかな?と、この3ヶ月ほど悩んできたわけなのざんすね。



ところが最近になって、この春以降再びアルナーチャラ滞在中の某知人とのSNSコメントのやりとりで、ヴィザ申請に関してあれこれ質問したところ、某知人曰く、

「私は過去の申請にあたっては、毎回住所をラマナアシュラムで記入して提出してきて一度も問題視されませんでしたよ」

・・・とのことではないか!!


「ええええええ????・・・そうなのかあ?」・・と唖然となったのは言うまでもない、だとしたら私は長年「無意味無駄」な心配をして神経を使いすぎていた・・わけざんすからね(笑)。



確かによくよく考えてみれば、私自身が申請にあたって「ラマナアシュラムの住所を書いてクレームがついた」経験をした・・わけではない。

では何故それを懸念して来たか?・・というと、以前に職業の記入にあたり「ヨガ教師」と書いて一悶着あったのは実体験であり、それへの反省・対処の方法として、

「変に勘ぐられる」ような記述は避けた方が、申請作業がスムーズに進行するであろう

・・・という見解から、「インドでの住所・連絡先」にラマナアシュラムの名前を出さすにやってきたわけである。


そもそも、その欄に「適当な嘘」を書く・・・というのは、バックパッカー時代からの習慣でもあったし(笑・・「歩き方」などにもそのように指南されていたわけで)。



しかし知人からもたらされた情報が、現時点でも通用するならば(この知人は今回に関してはアシュラムではなく現地ホテルからのレターでヴィザ申請しているので・・)問題は一気に解決するではないか!!

幸いにして出発までまだ十分な時間もあることだし、今回は「実験」も兼ねて?・・敢えてラマナアシュラムを滞在先として記入し、アシュラムからの「滞在許可メール」コピーを添付して申請してみようとなった次第。


・・・これで申請要件として「通用する」のならば(すんなりであれ少々難儀するのであれ)、「初めての個人手配での訪問・滞在」希望者に対してもっとも適切なガイダンスを提示できるわけだし、もしダメだったらやはりその「対処方法」を改めてアドヴァイスする・・・という流れが明確になるざんすからね。



しかも実際には申請に当たり「宿泊予約レター」の提出は不要・・・らしい??・・・という情報も複数例入ってきた。

ここら辺が先進諸国では考え難い「インド的」なところで、インド内務省がヴィザに関して定めたマニュアルが、必ずしも大使館領事部の窓口担当職員にまで確実に浸透しているわけではない・・・ということなのですなあ。

どうやら「あった方がいいけど、無くても当面は発給には差し支えなし」というのが現状であるようなのだ(笑)。



というわけで後出しジャンケンのように、「滞在許可メール」のコピーは「窓口職員に言われたら提出しよう」と思っていたら、結局それについては何ら要求されることはなく無提出で済み、

そしてラマナアシュラムが滞在先・連絡先となっていることに関しても全く質問されることなく、

記述内容の不足やミスもなく、写真もOK(今回は鴻巣駅ビル内のショップで撮影してもらった)となり、そのまますんなり・あっさり受理された・・・わけなのであった。



いやああああ・・・やれやれ、これでほっとしたざんすよ、この3ヶ月ほどのわだかまりがすっきり解消して正しく実感的に「胸のつかえが取れた」という爽快感なのであった。

これでアシュラムへの初訪問・滞在の計画進行中の方々には、インドヴィザ申請にあたっての「滞在先・連絡先」の記入には、ラマナアシュラムと記入してなんらの問題がない・・ことを大手を振って?説明できるわけだからねえ。


なのでこの成果を踏まえて?臨在サイトの更新・新設・リニューアルの一環として、「インドヴィザ申請の概要」についてまとめたファイルを制作して後日編入しよう・・・と思う、一応7月5日のタミル暦計算での「雌牛ラクシュミー・デー」に合わせて掲載・公開を考えているざんす。

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そしてまた私としても、

「ああ、今年もまたラマナ=アルナーチャラは私をお呼び下さるのだなあ・・・」

とあらためて彼の恩寵に感謝したのであった。



そしてそれが済んでしまえば「苦あれば楽あり」の1日で、

大使館のヴィザ申請受付は午前中のみなので、そのまま昼には隣の靖国神社で随分久々に会うことになった知人と待ち合わせ、靖国参拝の後は一緒に浅草へ向かい、浅草寺参拝の後で新仲見世通りにある「マルベル堂」へ。

http://www.marubell.co.jp/promtop.html


もちろん「美代ちゃん」のブロマイドの検分が目的ざんす!!


そして結果的に在庫の中から5枚をチョイスして購入、1枚315円なので合計税込みで1620円。


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ネガリストを調べたらモノクロ82枚・カラー58枚の計140枚が保管されていて、在庫商品が無くてもリクエストすれば入手可能とのこと。

まあ、浅草となるとあんまり足が向く方向ではないので「次の機会」というのはいつになるか分からないし、特に全アイテム収集にこだわるわけではないざんすからねえ(笑)


しかし時折ヤフオクで「中古プロマイド」が出品されるわけだが、入札が324円を越えるような場合は、マルベル堂に「新品」を発注した方が宜しいわけですな(「通販」も可能である)。


知人は元気そうであったし、「浅田美代子」に似ているという奥様(そんな風に言われるそうだ・・)にもかなり久々にお会いしたので、じっくりご尊顔を拝してみればなるほど確かに目元あたりの表情がよく似た感じですなあ(前回お会いした頃は私はまだ美代ちゃんファンになっていなかったのだ。



そして最後になったが、20日というのは私にとっては最大級のメモリアルデーである「刃傷記念日」当日、今年で12周年である・・・のだが、つまりあの時死んでいたら「13回忌」だったわけざんすねえ、わはははは・・・・・!!


毎年この日にはあれこれと感想を書き綴るわけだが、今年は前述のヴィザ申請の件で記事が長くなったので、この件に関してはまた改めて後日書くことにするが、

まあ、内容としては毎年似たような記事でもあるわけで(笑)、とりあえず昨年の記事をリンクしておくこととしよう。


http://sirius02.blog6.fc2.com/blog-entry-1418.html


というわけで次回に続く・・・。

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「魂が震撼する」出会いと体験
2017-06-14 Wed 22:32
そしてもう一つのインプレッションというのは、今回あらたに企画された「公演後のミニ・ワークショップ」から得られたものである。


終演となりカーテンコールの後で毎回お客さんの中から希望者を募ってそのまま「舞台」に上がってもらい、オーハシさんのリードで15分ほどの(最終日のみ45分)ワークショップをそこで展開する・・・というもので、当初は「まあ10人そこそこ」位の参加者ではないか?と想定されていた。


今回私は後方支援スタッフとして舞台の設営・撤去作業の他、5公演中3回は「受付カウンター」のヘルプでロビーに待機し、劇団の方でご招待し「予約席」を用意したお客さんを座席まで案内する任務にあたっていたが、ワークショップについてもいくつか舞台上の準備作業があって、それも担当していたのである。


で、初日にワークショップの準備を終えて上手の袖の方で様子を伺っていた・・・もし参加者が5~6名しかいないという寂しい状況であったなら、「サクラ」として参加するつもりだったのである(笑)。



ところがいざ蓋を開けてみたら、なんと想定を大幅に越える30名以上・・・という大人数が、「ぞろぞろと舞台に上がってくる」ではないか!!(最多のケースで50名を数えたそうだ)


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こうなると舞台上に設置されている照明機材などに「参加者たちが接触して怪我をする」という危険性もあるため、私はガードマンよろしく上手側の照明機材の前に立哨しながらワークショップの進行を見守ることになった次第(笑)。


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ワークショップの内容としては、劇中でオーハシさんが演じていた「砂漠に不時着し、砂に飲み込まれていくパイロット」というシーンのいくつかの演技を「エチュード的に実際に体験してみよう」というイメージワークであったのだが、

「空を飛ぶ」「空から落ちていく」「砂漠の砂に飲み込まれて死んでいく」・・というようなモチーフを、「座・高円寺1」という素晴らしいステージの上で、実際にその場面で使用された照明&音響付きで(しかも2回目からは、谷川賢作氏も参加してそれに合わせてピアノを演奏する・・というサプライズ!!)、

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参加者それぞれが自由な詩的イメージをリアルに展開し、感じ取っていく・・・というのは、これはなかなかに得難い体験であったことだろう。



今回の公演では観客の7割位は10代~20代という若者たちであった・・・というのは、オーハシさんとヨシダさんが講師として授業をしている専門学校の演劇コースの生徒さんたちや、劇団として招待した高校の演劇部の生徒さんたちなのである。


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彼らにしても日常的に観ているのであろう「エンタティメント&スタンダート」なドラマとは方向性の異なる、「アート&アヴァンギャルド」な「身体詩劇」というものの体験・・・はかなり新鮮なものであったようだし、

その上「学校で演劇活動をしている」彼らであっても、本格的な設備をもつ「劇場の舞台」に自分自身が立つ・・・のも初めてであり、プロの照明&音響効果の下で、実際にイメージワークを展開する!!

・・・というのは「そうそう滅多に得られない『直接的・直裁的』な世界体験」であったはずである。



これは単に私の勝手な推測ではなく、受付スタッフの楽屋に各回ごとに回収された「アンケート」が保管されていた・・・ので、そこを拠点にしていた私は、いち早く先駆けてそれらに目を通す機会があったのざんすよ。



そして私自身が思ったのは・・・

「自分が高校生(演劇部に所属していた)だった時に、こんな体験が出来たら素敵だっただろうなあ!!」

という羨ましい感情なのであった。


もちろんその当時・・76~79年にはTAICHI-KIKAKUは誕生していないし、浜松という「文化の僻地(我々は自虐的にそう呼んでいたのだ)」には、大した劇場もないし「アート&アバンギャルド」な公演なんてものもまず滅多に無かったわけで、どうしようもないわけだが(笑)。



今回の公演とワークショップに参加した若者たちの中で、この出会いと体験が「魂が震撼する」ようなインパクトをもたらした・・・者もきっといることだろう。


そして10代~20代という多感な時期に「魂が震撼する」ような出会いと体験をするかしないか?・・・というのは、その後の「生き方」に計り知れない影響を与えるのである。



この私にしても前述のように「文化の僻地」であったものの、別の形で「魂が震撼する」ような体験があって、「あんまり普通ではない」変梃な人生を送ることになってしまった・・・のですなあ。


しかもそれが10代~20代では収まらず、「インド」に目覚めたのは30代・・・ラマナ=アルナーチャラに捉えられてしまったのも35歳の時で、そのことをより直覚的に自覚できるようになったのは44歳となった12年前の「刃傷事件」が大いなる契機なのであった。



その「刃傷事件」から今月20日で12年・・・毎年その日にはそれを振り返る記事を書いているが、今年もその時期が間もなく到来しようとしている。


蛇足ながら「美代ちゃん」にイカレちゃった?・・・のは、50代になってからなのざんすよん、わはははは・・・・・!!


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誰も観たことのない未知のアート
2017-06-12 Mon 21:37
さてTAICHI-KIKAKUの本公演後方支援業務は完了した。


「金色の魚」という作品はTAICHI-KIKAKUのレパートリーの中でも特殊な位置にあるのではないか?・・・と思われ、上演回数も他の作品よりもかなり多いように思われる。

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私自身もこの「金色の魚」は複数回を客席で観劇しただけでなく、スタッフとして舞台袖から進行を見守っていたこともあるし、2010年の公演ではサブ・パフォーマーとして舞台上に上がったりもした・・・私自身にとってはこれまでの中途半端な俳優活動の中でも、「マイ・ベスト・アクト」と呼ぶに相応しい出演作・・ともなった作品でもある。↓

http://sirius02.blog6.fc2.com/blog-entry-755.html#more



さて今回の公演ではこれまでとはまた違うインプレッションがあった。


実を言うと俳優たちの立ち振る舞いが、10年前に最初に観たときの印象に比べるとなんだか「おとなしい」というか、彼らから放射されるエネルギッシュなインパクトとでもいうものが減衰している・・・感が否めない。

というのが第1印象だった・・・のだが、よくよく振り返ってみればそれも当然である。最年長のオーハシさんが今年還暦を迎えるのを筆頭に、皆さん50台半ばなのである。

日夜肉体の鍛錬とメンテナンスを欠かさない生活であろうが、それでもやはりこの作品が上演され初めた時代の「彼らが40代の頃の身体状況」と比べたら、「身体能力的な衰え」はどうにもならないものである。


だがしかし一方で、その分演技における「無駄な力み」とでもいうような夾雑物が無くなってすっきりとしたフォルムだけが躍動している・・・とでも言えるような、ある種の「透明感」が以前よりもより説得力を獲得して観る者に浸透してくる・・・ということも確かであろう。



そして普通の演劇公演ならば「同じ作品を演じ続ける」ということは、役者の老齢化によってそのクオリティを維持するという点において、かなり演出的にも工夫を凝らしていかねばならない必要性に迫られることだろうが、

この「金色の魚」では、役者たちが「年齢を重ねていく」といるリアリティが、むしろ作品内容と密接に関連している面白さ・特色があるのだ。


・・・というのも、劇中で使用される映像の数々というのが「過去30年余に渡って、このグループがヨーロッパやアフリカ、アジアなどで公演を重ねてきた」直裁的なリアルな内容の蓄積だからである。

これらの映像の中の「彼ら」はもちろん撮影当時そのままの年齢なわけで、観客としては単に作品としての「虚構の物語」だけではない、彼らのリアルな「旅の歴史」の重み・深さ・・・とでもいうようなものが、ドラマ内容と共振してひしひしと感慨として胸を打つ。



映像の中で「永遠の記憶・記録」として躍動している彼らの「身体」と、今現実に舞台の上で展開している彼らの肉体との対比が、それ自体が強烈なドラマ性を帯びて、作品中の「虚構世界」と重奏・重層的に交錯するスリリングさ・・・があたかも「夢見の世界」のように展開していく。

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このような構成の演劇公演というのは、ある意味で「時の流れを可視化」するアートでもあろう。

(今回の公演でのカーテンコールでは、普段観客の前には登場しない「映像担当」のタブチさん・・使用された映像群の撮影者でもある、も舞台に上がって紹介されていたのが大変印象的でもあった)


さらには谷川賢作氏というビッグネームのアーチストとの舞台上での共演・競演ということも画期的なイベントとして特筆に値するであろう。

http://tanikawakensaku.com/profile/


これもまた昨日今日の出来合いの関係などでは毛頭無く、彼らと谷川氏は長年に渡って親交を重ねてきたわけで、TAICHI-KIKAKUの公演で使用されてきた音楽のうちピアノ独奏曲については、「彼らのために谷川氏が演奏した音源」が使われているのだが、

今回のように谷川氏が同じ舞台上にいて、生で音楽を演奏していく・・・というのは、まさしく「いまそこで生まれつつある」複合アートをリアルタイムで体感していく希有なパフォーマンスであろう。

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こんな風に「時の流れの可視化」と「いまそこで生まれつつある」というものを同じステージ上で、身体を軸として普遍的なアートとして世界中で展開できる・・・という特殊性は、彼らにしか不可能な種類のものであり、TAICHI-KIKAKUというパフォーマンスグループの際だった個性と芸術性であろう。



個人的な想像に過ぎないが、この作品は彼らが70代・80代になっても上演され続ける・・・のではないだろうか?

将来彼らがよぼよぼの爺婆になって、舞台の上では「3人で黙ってお茶を飲んでいるだけ」のような演技?になった・・としても、「役者のリアルな肉体と永遠の時間に刻印された彼らの映像との対比」がもたらす「時の流れの可視化」それ自体がこの作品の肝である・・とするならば、

そのグラデーションの深さが、きっとまだ現時点では「まだ誰も観たことがない」不思議な・未知の・未来のアートとなりうるだろう。



・・・・というわけで長くなったので、今回の公演でもたらされた「インプレッションその2」はまた次回に続くざんす。
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