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「南無大師返上今後」
2017-09-17 Sun 02:33
12日は相棒と一緒に登山道コースへ、これは今次滞在ラストなのでようやく?ケーヴの中へ入ったのだが、次回滞在にはスカンダ・アシュラム&ケーヴで座る時間をもう少し取りたいような気もする・・って、昨年もそう思ったわけでなかなか難しいのざんすよ。


さて相棒は過去2回の滞在時にはまだ「お寺の象さん」の祝福を受けていない?・・ので今回こそは!と大寺院へ、ところが時間が少々早すぎたのかまたまた象さん不在。

せめて象舎まで行ってみよう・・としたら、その手前のスペースで「出勤準備のお化粧中」であった。用意ができた象さんの後ろについて「仕事場」に移動・・この際にも象さんは繋がれてはいないのですな。


かくしてようやく「象さんの祝福」を受ける目的を果たしたが、その前にサトウキビとバナナをあげている参拝客がいたので、「おやつ」をもらった象さんはいつもより「機嫌が良かった」感じざんすねえ(笑)。



14日には長野のYさんも出発し、今回の「ご案内業務」はこれにて完了。

晩方には今次のラスト・ギリプラダクシナ実施、結局今回は計16回とやや少ないが通算では407回となった。


15日にはアメリカご子息の元に長期滞在中だったゼネラルマネージャーのマニさんも帰国し挨拶。

そして本日には空港へのタクシー手配とアシュラムへのドネーションも済ませ、いくつかの「自家用土産品」も調達、後は今書いている滞在日記ラスト記事を仕上げて掲載すれば用件は全部終了ですな。



まあ、今回の滞在というのは、前半は「柳田先生のご命日に通算400回目のギリプラダクシナ実施」・後半は「初インド・初個人手配旅行」の訪問者計4名のご案内業務がメインとなったほかにも、

3年ぶりにリシケシの佐々木夫妻と再会、お馴染みのみちよちゃん(現在はオーロヴィル在住)もやってきたし、昨年に引き続き2回目の訪問・滞在の大阪のYさん、そして4年ぶり3回目の相棒と合流・・・という感じで、よくもまあバタバタした感じだったざんすねえ(笑)。



滞在中の想定外の展開としては、バガヴァンの手書き原稿の補修の為の「専用特殊和紙」の補充に関しては、アシュラム側と日本ラマナ協会の間をコーディネートする役割を果たすことになった・・のだが、実は今回もう一件なかなか面白いミッションを請け負うこととなったのである。


ちょっとまだそれに関して詳しいことを公表する段階ではないのだが、大ざっぱに言えば、

「これまでまだ日本語による翻訳出版されていない」ラマナ関連のあれこれの資料に関して、当地在住のシュンニャさん始めとした複数の皆さんによる邦訳文章を、現地発のコアでフレキシブルな「ラマナ情報」として発信していこう!!

・・・という趣旨のヴィジョンである。


それに関して私はウェブ担当として「管理・編集」的な役割を担うことになるわけで、

「臨在」サイトには既に「季刊・アルナーチャラ通信」というコーナーがあるのだが、このコーナーをあらためて大幅に拡大リニューアルして(名称も変更する可能性もあり)発展させて、ラマナの教えを求める者には誰でもアクセス可能なものとして積極的にウェブ展開していこうではないか
!!

というわけで、数年前に展開したパパジ「真理のみ」の日本語訳ウェブ公開プロジェクトと同じような、そしてかなり内容の濃いコラボ企画なのざんすよん!!



まあ、帰国後の当面の懸案事項としてはこれが最大のものになる・・わけざんすね。

もちろん私には「母の健康状態への対応」や、それに関連してそろそろ「『無為徒食』生活からの脱却」・・などという懸案事項が待っているのではあるが、このミッションこそが最優先課題にならざるを得ないわけですなあ(笑)。



実は今回の滞在生活前半では、例によって「今後の将来展望」という永遠の課題?に関してあれやこれやと考えあぐねながら・・・であり、いくつかの日記ではそれらについては「後日・次回に続く」なんぞとしていたわけだが、

結局それらの続きをあれこれと展開する暇もなく、前述の「特殊専用和紙」補充に関する「コーディネート?」業務やら、引き続いての「ご案内業務」の連続展開の日々となって(しかも「宿替え」・「部屋替え」も何度かあったし・・)、いつの間にやら「考えあぐねる」こと自体が面倒臭くなってしまった・・のざんすよ。


そこへもってきて今回のミッションが持ち上がる・・・というよりか、むしろ「天から降ってきた」みたいなもので、要するにラマナ=アルナーチャラの道具として機能している「私」という身体的存在には、次々と「仕事」が舞い込んでくるわけである。


もちろんこれら自体は何らの「金銭的報酬」をもたらすものではないのだが、そこはそれ「道具として」機能している以上はそのメンテナンスはその道具の所有者の責任なのであるから、

結局どうにかこうにか、私の「将来展望」なるものの「経済的側面」は神様が面倒を見てくれる・・・ことになるのだろうねえ(笑)。



「将来の展望」とは言っても、私が「考えあぐねている」のはむしろ「将来の「不安・恐怖」の対処のための「防御」こそが、その本体であるわけで、

誠に残念ながらその「不安・恐怖」の対処のための「防御」が動機である営為というのは、本質的に「ろくな結果とならない」というのがこの56年の人生での体感的・体験的「真理」なのですなあ・・・。


・・というわけでもうそろそろいいかげんに、「今後のこと」についてうだうだ「考えあぐねる」ことにエネルギーを浪費するような不毛な営為から離れようではないか?


ということの感得こそが、今回滞在の総括といえる・・のかもしれないざんすね。


私がもっとも「お気に入り」のマントラとは、

「南無大師遍照金剛」

なのだが、この際はこれをギャグ的にもじって・・・

「南無大師返上今後」

としようではないか、わはははは・・・・・!!



かくして今回の「アルナーチャラ滞在日記」はこれにて終了ざんす。


17日16時半に相棒と一緒にアシュラムを出発してチェンナイへ・・エアアジアのフライトでクアラ乗り換えマレーシア・ペナン島へ向かう・・・わけだが、以降は適宜ペナンから「旅日記」を掲載する予定。


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僅か30ルピーの対価?
2017-09-13 Wed 02:18
9日夕方にOさん出発、帰りも路線バス利用というのは大したものですなあ。

10日となってYさんの状態もようやく回復、どうやらヒマラヤ社の「下痢止め」は結構効き目がある模様だ・・ひょんなことから間違って?購入したもので、私自身はまだ試したことがないのだが(笑)。

相棒の腹具合もこれで治ったわけだしねえ、アメーバや細菌性下痢でなければこの薬でいけそうな感じ・・・後は頭痛対策用の鎮静剤が欲しいところだが。

そんなわけで10日はYさんと相棒を案内してのギリプラダクシナを実施、Yさんへの「ご案内業務」はこれで完了ざんすね。



今次滞在も残り1週間を切り、もう私としては特に何もやることもはない・・ので(ラスト・ギリプラダクシナは14日の予定)、残るは出発に向けてのあれこれの作業と、帰国までのマレーシアでの旅程検討と帰国後の浜松帰省の旅程検討&手配ということになり、どちらについても大方の目処はついた。


というわけで、私自身には特に「滞在日記」のネタになるようなエピソードは何も起きていない・・のだが、今朝方(12日)相棒が体験したヴィジョン?というのがなかなか素敵かつ面白いものだったので、是非紹介したいと思う。


相棒の当地滞在は4年ぶり3回目であるが、ギリプラダクシナは5回目となり、潔くサンダルは持たずに歩ききったわけだが、それ以来エネルギー的な変化が生じ始めたようで、

12日は起床した時から胸のあたりがざわざわして、無性に「座りたい」という気持ちが押さえがたくなり、早朝からサマディホールに座っていたら、いきなりどーんと「至福」が押し寄せてきた・・・そうである。

それはミルクオファーリングが始まってからも継続して、小一時間ほど「至福に撃たれて」身動きできない(する気にならない)状態だったそうな。


しかもその最中には、うつらうつらした状態で「半覚醒夢」というか妙にリアルなヴィジョンを見ていた・・というより、感じていたそうである。

なんとそれは、

「座っている自分の前にラマナが立っていて、片手を頭の上にかざして(シャクティパットのように)祝福してくれた・・・」

というものだそうな。ただし感じられたのは(見えたのは)ラマナの下半身・・足下から褌の辺りまでだったそうだが。


そしていつもなら午前中は私の部屋に来てネット・・というのが彼女の日課なのだが、本日は朝食の後もすぐには部屋に戻らず残って座っていたようだし(このような体験をしてしまうとねえ)、

いったん用足しに部屋に戻りいつものようにタブレットを持って出ようとしたものの、やはりまたホールに戻って結局昼までずっと「座ったり・サマディの周りを歩いたり」で過ごしていたようだ。



まあ、昨今の相棒の精神生活状況からすれば、「画期的な事件」であったといえるだろう(笑)。


彼女は3度目の滞在ではあるものの、決して「熱心な信奉者」というわけでもない。

というより自分自身の信奉心というものに全く自信がなく、霊性上のあれこれに対しても以前のような情熱を感じられず、疑心暗鬼な状態である故に、日常的には瞑想はおろか一切の礼拝・敬神的営為していない・・・。


今回こちらに来たのも、再訪を待ち望み続けて「やっと来れた!!」というような感激があるわけでもなく、この3月に逝去した親父さんの供養も兼ねて「なんとなく惰性で」やってきた・・・というのが真相なので(笑)、もちろんこちらでも「霊性」へのアプローチのあれこれなどは一切何もやっていなかった(ギリプラダクシナも「ウオーキング」的な興味からであるし・・)。


・・にも関わらず、このようなことがもたらされたりもするわけざんすね。

因みに彼女は私同様に、霊能力やエネルギーに対する感性や能力は皆無・・なのであるよ、そのような者であっても「不意に比類無き恩寵がもたらされる」ということが起きたりするのが、ラマナ=アルナーチャラというウルトラぶっ飛んだ絶対超越的な「聖性の臨在」なのである。



そして何度も書いているが、ラマナアシュラムには何らの「カリキュラム」・・霊性修行の為のシステマティックな技法の伝授・学習・収得のためのシステムなどというものは一切ないし、ここに滞在するに当たって「
対価としての料金」というものは不要なのである(全てドネーションなのざんすよん)。



この業界にはあれこれと「霊性開発のための○○コース」などというものが星の数(屑)ほど乱立していて、中には目の玉が飛び出るほどの「対価としての料金」をふんだくる悪質なものも散見される・・のが嘆かわしい現状であるが、

当地の場合は、ただ「食って寝て歩いて」ついでに「ぼんやり座って」いるだけでも、機縁・機根満ちたる者には、どかーんと雷撃のごとく至福に撃ちのめされたりもする・・・わけざんすね。



もっとも彼女の場合は昼食後に部屋に戻ろうとしたら、サンダルの片方が見あたらない・・・というアクシデント発生。

両方見あたらないのは「人間が盗んだ」のだが、片方だけというのはこの場合「猿が持って行った」・・・ということになるのざんすね(笑・・子犬がおもちゃ代わりに持って行ったこともある)。


まあこれはハヌマーン(インドの猿神)が、恩寵の仲立ちにあたって?手数料代わりに持って行ったのだろう・・・ということにしておくのが宜しかろう。

サンダルと言ってもこちらでの「日常用」に日本で百均ショップで買ってきたぺらぺらの品物・・・片方だから54円ってことは30ルピー位か?


「至福に撃ちのめされる」のに必要だったのは僅か30ルピーの対価?だったわけざんすねえ、わはははは・・・・・!!
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これぞ「冒険・巡礼・ホーリートリップ!!」
2017-09-08 Fri 16:03
毎年恒例の2週間の滞在を終えた佐々木夫妻は5日に出発、早朝だったので見送りなし。今回携行してきた「脳内ニーチェ(適菜収著)」を進呈・・鴻巣図書館にいくつか氏の著作の蔵書があるようなので帰国したらかり出すとしよう。


同じく5日には同居している相棒が予想以上に早く12時前に到着(H氏やFさんと同じエアアジアのフライトだが、イミグレを問題なくスムーズに通過したので)。

しかし日本出発前から、何故かタクシー代金を1000ルピー高く勘違いしていて、そのまま支払ってしまう・・という到着早々から凡ミス。運転手は大もうけしたわけざんすね、ばっかじゃないの?ですなあ・・まあ昨年の「出来の悪い5番弟子」のやらかした失敗よりははるかにましざんすけどね。


相棒の当地訪問・滞在は4年ぶり3回目となるが、今回はようやく待望の?Morvi50号室となり、頼んでおいたノンシュガーキャンデーと「ゆかり」を受け取る。

長野のYさんを大学グランドにご案内するつもりだったが、5日は満月で巡礼さんの人波もあるので翌日に持ち越し・・・であるが、今回はうまい具合にすぐ近くに「タピオカ芋チップス」の屋台が出ていたので買い出しに行った、やはりこれがなくちゃあいけねえ。


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7日には大阪のYさんがアウター生活に移行、残念ながら「アシュラム内での食事」に関しては許可されず・・・なかなかこの「滞在延長」や「食事の継続許可」というのは、どうにも「可否の基準」がわからないですなあ。

彼女には読みかけだった「沈黙の世界(ピカート著)」を進呈した。確かにここに相応しい内容ではあるものの、どうにも読み進める気力がない・・というか、展開されている「沈黙」というテーマそのものについて、私としてはまだどうにも「腑に落ちる」だけの境涯にはない・・という印象があるのざんすよ。



夜はご案内ギリプラダクシナの予定だったが、どうしたことか相棒も長野のYさんも下痢にやられて体調芳しからず・・という状態のため、ご案内は次回に延期として前回に引き続き「独り歩き」となった。

日数的にみて残り2回、今次滞在では計16回(通算407)ということになるであろう。


相棒の腹具合は本日はほぼ全快したが、Yさんの方は芳しからぬ様子でいささか心配であるが、そこらへんはシュンニャさんが世話をしてくれているようだ。



しかしまあ、いくばくかの「業務・懸案事項」は残っているものの、やっとこさ事前に予定されていた「訪問者」の来訪は全部済んで、なんとなくほっとした感じざんすねえ。

先日の記事に書いたように、妙にぱたぱたと忙しくて「ぼんやり考える暇もない」感じだったわけだが、さてさてしかしながら実は最近は「あれこれを考える」こと自体がいささか「面倒くさく」なってきている・・のが事実である。


到着当初から宿替えの頃までの「前半1ヶ月」の期間中は、あれこれと「考えあぐねたり」それらの記録を取ろうとYOGABOOKの「手書き入メモ」もちょこまか書いていたのだが、

宿替えの辺りから始まった「懸案事項」の処理とご案内業務の連続で「考えあぐねる」時間それ自体がなくなってしまい、そうなるといつしか「考える」こと自体が「面倒くさく」なってしまった次第(笑)。


まあ、いわばそれこそが「カルマ・ヨーガ」なのだ・・ということにもなるのざんすね、結局人間は「暇になるとあれこれと無意味無駄に『考える』ようになる」のですなあ・・・。


もちろん「実務的問題」処理のために「考える」・・のは無駄ではないが、「形而上学」的OR「霊性」的命題などについては、あんまり考えすぎても大概は無意味無駄だったりする・・ざんすからね、古人曰く「小人閑居して不善をなす」というのは正に然りの金言なのである。


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ということもあるので、ここは一つ私のだらだらと無駄に長い長広舌記事ではなく、先日当地を初訪問したFさんが帰国後に書きつづった「滞在記」を是非とも紹介したい。


Fさんは以前からラマナ・アルナーチャラに魅せられてきて、昨年夏に遂に「絶対にアルナーチャラへ行く!!」と一大決心された・・わけだが、なんとこのFさん(40代主婦)はこれまでの人生で全く「国外に出たことがない」人なのであった。


私はこれまで少なからぬ訪問・滞在希望者をあれこれとご案内したりガイダンスを提供してきて、「初インド」・「初個人手配旅行」・「英語が話せない」という方はままあるケースなのだが、

「海外旅行自体が初めて」で国内線フライトにも乗ったことが無いという方を当地へご案内する・・というのは、私にとっても初めてのことなのであった。


英語の話せない40代主婦の「初めての海外旅行」が、インドへの個人手配一人旅・・・何とも潔いあっぱれな度胸ではないか!!

そしてその旅は到着するまではなかなかの苦難にみちた道程だったようだが、当地到着以降は真に「ホーリートリップ」と表するに値する、べらぼうに圧倒的な祝福に満たされたもの・・となったようだ。


アルナーチャラは「効き目が遅い」というのがもっぱらの評判?なので、最初の滞在でここまで感動・感激されたFさんのケースは珍しい方かもしれないのだが、

これはもう「冒険」の名に値しますな・・私のようにだらだらと20年余に渡ってただぼんやりと「食って寝て歩く」だけの人間の感性とは全く異なる、とてつもなくフレッシュかつディヴォーションに満ちた、まさしく本来の意味での「巡礼」に相応しい旅をFさんは体験したのである。↓


https://ameblo.jp/0321elppa/entry-12305328043.html

(全9回の連載であるが、その前後の記事も面白いし、「ラマナ・マハルシ」カテゴリーの記事もなかなか興味深い内容であろう)



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「どこがリトリートやねん!!」
2017-09-04 Mon 16:12
当地アルナーチャラ・ラマナアシュラムは、本来はもちろん「アートマ・ヴィチャーラ(真我探求)」の為のリトリートの場所であり、とりわけ短期滞在者にとっては、日常生活の枠組みから一時的に離脱して「私は誰か?」という根本命題に専心する・・ことに相応しい環境の聖地である。


はずなのだが、私の場合は「どこがリトリートやねん!!」と言いたくなるほど妙にバタバタした案件処理に追われたりもする日々である(笑)。



前回の日記では「部屋替えを待っていてもなかなか埒が空かないので云々・・」という記事を書いたのだが、実際にはその記事を掲載する直前にようやく26号室が空き、待望の部屋替えを実施していた・・のであった。


詳しく検分してみるとやはり他の部屋より幾分か広く、洗面台はもちろん「ストック・コーナー」があり、ここにも電源があるので「お茶セット」ほか食品類はここに置ける。そして小さいながら机があって、これとサイドテーブルで雑多なるあれこれも収まる感じで何よりである。


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というわけで、残金も払ってようやくこの案件は完全クリアした。



9月に入って1日は「アドヴェント・デー」・・・1896年のこの日に、少年ラマナがアルナーチャラに到着した日を祝う行事で、マドゥライやバンガロールのケンドラから大勢の信奉者が訪問してアシュラムは大賑わいなのであった。


この日TさんとMさんは17時に出発、なんともちぐはぐなコンビだし「出発前の諸般段取り」がうまくいかなかったり?で、本来の意味での「お見送り」とはならず、なんだか変梃なお別れになってしまった。


しかもギリプラダクシナの日だったのだが、ついついネットサーフィンで昼寝しそこなったこともあって気が進まず今回は中止というていたらくである。

アドヴェント・デーの佳き日に歩き損なう・・というこの失態は大いに反省せざるをえまい・・って、「ネットやり過ぎ」の後悔・反省は毎回繰り返しているよなあ。


今回はタブレット端末を持ってきたことに加えて、とりわけアウター生活に移行してからは宿がフリーWi-Fiであるだけに、便利な反面そこら辺の弊害も派生してしまうわけざんすねえ。

というわけで久々に「「完全ネット絶ち」を実施したいところであるが、同居する相棒がやって来るまでは連絡のやりとりがあるので、実施はそれ以降ざんすねえ。



もっとも今回の滞在はいつも以上になんやかやと「連絡・確認・検索事項」の必要が多かった・・のも事実で、その後もかなりどたばたすることになってしまった。



この1日に来るはずのみちよちゃんが姿を見せない・・現地在住の知人への連絡では「今夜到着」となっていたそうだが、2日朝もまだ見ていない・・今朝は佐々木夫妻がギリプラダクシナに行ったので、あるいはそれに同行しているのかな?

まあ彼女はインド在住8年目、当地でも有名な?オールド・ディヴォーティであるがら何も心配する必要は全くないのだが。


で、やはり佐々木夫妻と一緒にギリプラダクシナに行っていた。

昼ご飯は現地知人と外で食べることになっていたそうだが、私も夕方到着予定のYさんの晩ご飯解説?に備えて「昼飯抜き」として、部屋に戻る途上でみちよちゃんと再会。


15時半頃にYさん到着、先日のH氏同様に入国カードをもらい損ね、イミグレ通過に少々時間を費やしたとの由。居室は先日までMさんがいた部屋となり、とりあえず荷物を置いてそのまま食堂へ行きお茶の時間。


レジストレーションの際に日課表をもらい忘れていたので、アシュラム内部を各所ご案内した後に、あらためてオフィスに顔を出したらなんとOさんが到着していたではないか!!・・今回が7回目・今年だけで3回目だそうな(笑)。

しかもYさんとは同じフライトだった・・とのこと、今回Oさんは「路線バス」初挑戦だったそうで(まあ7回目だし)、それで到着にタイムラグが生じていたようだ。


そしてOさんの居室はなんとMー33、私が今回の滞在前半に泊まっていた旧図書館改装建物の3階の「スーパービュー」の部屋の一つである・・・Yさんにゲストルームの説明するため私も一緒にMOEVIへ・・買い物にでかけようとしていたみちよちゃんにも声をかけ、4人一緒(笑)。


Yさんにホットシャワーの使い方を説明してからMー33へ、Oさんとちょっと話をしてから久々に屋上へ登ったら先行してみちよちゃんが座っていたので、夕暮れまで一緒に屋上で四方山話(途中小野さんも登ってきた)。



アシュラムに戻った際、オフィスで新しい日本人女性らしき姿を見かける・・本体敷地奥の方へ独りで歩いていったので「リピーター」だろうと思って特に声はかけなかった。


さて夕食時間になってもYさんは出てこない・・・まあ考えてみれば長野からここまで丸一日以上「横になっていない」わけで、おそらく爆睡しているのだろうと推測。

夜中になってYさんからメール(海外で使用できるシムカードを調達してきたそうな)着信、やはり推測通りであった。翌日のご案内スケジュールを連絡してこの日の「業務」は終了。



そして翌3日も朝から夜まで引き続き忙しい1日であった。

午前中はYさんを定番の「登山道コース」へご案内。昼食後は佐々木夫妻・みちよちゃん・Yさんと一緒にカフェへ・・みちよちゃんはそのまま出発となった・・現在はオーロビルの住人なので、ちょくちょく当地に来られる(所要約2時間)わけでもある。


お昼寝のあとのお茶の時間に、今度はドクター・ムルティから変梃な依頼。

昨日到着した新しい日本人女性(私が見かけた「リピーターだと思った人物」が、レジストレーションに必要な顔写真をまだ提出していないので、そこら辺の話を彼女に伝えてくれ・・とのこと。


Yさんを「貯水池」へご案内したあとに改めてオフィスに顔を出し、該当女性の部屋番号の再確認と氏名を聞き出したが、ドクターはどうやら彼女を「ミスタースズキのグループの一員」だと思いこんで、私に連絡を依頼したようだ(笑・・Yさん・Oさんに続いての到着だったし)。


彼女・・Sさんの居室は本体敷地内最奥のツインの部屋で、「初訪問者」がここにあてがわれるのはかなり異例なのだが、たまたまシングルルームがフルだったらしい。

外出中だったのでとりあえず書き置き&名刺をドアに挟んで置いたが、うまい具合にメッセージが伝わったようで、夕食後にSさんと遭遇。

オフィス2階のコンピュータールームで写真撮影、そのまま敷地内をご案内することとなった・・師事しているヨーガの先生からここのことを聞いて訪問することとなったそうだ(インド自体は初めてではないが7年ぶりとのこと)。


かくして忙しい1日がやっと終了したのである・・・記事冒頭に書いたように、当地アルナーチャラ・ラマナアシュラムは、本来はもちろん「アートマ・ヴィチャーラ(真我探求)」の為のリトリートの場所なのだが、

結局私はここに「仕事をしに?」来ているようなもので、特にこの数日はバタバタしていて肝心の「美代ちゃん動画」をゆっくり鑑賞する暇もないではないか!!

実際に日本での鴻巣の家での生活の方が遙かに「隠遁・引きこもり」生活なのですなあ、わはははは・・・・・!!



本日4日は特に予定されている業務は無い(はず)なので、しっかりお昼寝して夕方はギリプラダクシナ・・・「Yさんをご案内しての歩き」は当地の生活に慣れてから・・という段取りにしたので、おそらく今夜のギリプラダクシナが今回滞在の「独り歩き」ラストになる予定ざんす。
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エネルギー調整と「炎の浄化」
2017-08-31 Thu 00:27
部屋替えを待っていても埒があかないようなので、あれこれと「長期滞在用アレンジ」を実施・・14年と同じくシングルベッドの片方を横倒しにして作業用デスクを構成した。

洗濯ロープを展張し、神札と美代ちゃん写真をお祭りして一応完成・・・こうなってみれば26号室への執着はしぼんでいきますな。


この部屋の唯一の不満は「洗面台がない」ことなのだが、こんな風な広い「作業デスク」が26号室で構成できるかどうか?は不明だしねえ・・まあ、当面はこちらからは何も言わず向こうの様子見ですなあ、残金もまだ払ってないし(笑)。


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そして27日未明にTさんとMさんの2人が到着・・事前連絡を受け日本でも「ラマナ・ミーティング」でお会いしてあれこれ話をしたのはTさんだが、MさんもTさんから誘われて一緒に来ることになって滞在許可も同じく1週間、帰りも同じフライト(タイ航空)ということで、1日夕方に出発とのこと。


しかしTさんはやたらハイテンションで、アシュラム敷地内のご案内が終わるや否や一人で登山道へ・・・。

「それはまあ明日の午前中にご案内しますよ」と言っても待ちきれないらしく「とにかくすぐに行きたいんです」とのこと。

昼食に間に合うように帰ってくるかな?・・と心配したがどうにか食べられたようだ。

で、なんと「頂上まで行ってきた!!」というではないか!!昨日日本を出て、今朝方ついたばかりの「初インド」訪問者なのざんすよ・・・前代未聞だねえ。


しかし最初から「飛ばしすぎる」のはいささか心配になる・・・昨年逝去したK氏が「同じようなタイプ」だっただけに(1週間の滞在中に頂上まで2回登りギリプラダクシナを3回やった・・あげくに熱中症で倒れて救出される・・という破天荒ぶりであった)、そうとうくたびれているはずなので、テンションが落ちてきたときに体調を崩さなければ良いのだが・・・。

と心配したものの、どこ吹く風と相変わらずエネルギッシュに活動していて「ものぐさな」私とはなかなかテンポが合わない?こともあって、こちらのご案内業務スケジュールとはすれ違ってばかり・・結局Tさん独りで動き回っているのだが、特に問題はなく事態は進行しているようなので「放置する」ことにした(笑・・シュンニャさんや佐々木夫妻もいることなので)。



というわけで必然的にご案内のあれこれはMさんを対象に動くことが多く、Mさんは私とは話題の方向性やもテンポも合うようでスピリチュアル方面ではなく、バリの話・落語の話でも盛り上がる・・・とりあえず「美代ちゃん」話題でもちゃんと反応してくれる?のは嬉しいですなあ。

(「美代ちゃん」の話を振ったときに「はあ、そうですか」と無関心にスルーする奴は以降の待遇が悪くなるぞよ・・笑)


関東在住の方でもあり、身体詩ワークショップやラフターヨガにも興味をもってくれたようなので、あるいは今後参加して下さるかもしれない・・と密かに期待している。



さてこのMさんは、ラマナ・アルナーチャラについて特に関心があったわけではなく、スピリチュアル関係にもあんまり深入りしてはいないようだ。

ただここ数年で度重なった交通事故の後遺症などによる身体的な不調をどうにかしたい・・という希求から、あれこれの(治療目的の)身体的ワークに通っている内にスピ関係者ともご縁が出来てきて、その流れでTさんと関係ができて今回アルナーチャラへやってきた、ということのようだ。


しかしバリ暮らしも長い・・ということもあって、案外インドのカルチャーにもさほど違和感なく溶け込んでいる感じでもあり「裸足」も平気なようで、29日夜ご案内したギリプラダクシナでも足裏のダメージよりも後遺症による足腰の痛みや不具合の方を心配されていて、

「痛くなったら途中でリタイアする」ことを前提で歩き出したものの、先週のFさん同様に結局は特にスローダウンすることもなく、最後まで「裸足で完歩」しきった!!・・のはお見事であった。



アルナーチャラは炎のエレメントの聖地なので、「気が上がりやすい」ということはよく言われることである。

そんなこともあって、人によっては頭痛とは異なる「圧迫感」を払拭できず、とても落ち着いて「座って瞑想してはいられない」・・というケースも多々あるわけで、そんな際の最も効果的な対処法とはギリプラダクシナであったりもする・・のですな。

しかも「裸足で歩く」と、まさに「天・人・地」を巡回するエネルギー調整が施され、かなり楽になったりもするわけだが、さて一夜明けてMさんはどうなったか?


ちょっと熱を出して朝・昼食を抜いて部屋で休みことになったものの、お茶の時間にはだいぶ元気になってやってきた・・あちこちが結構楽になった!・・とのこと。

これすなわち「炎のエネルギーによる浄化」と呼ばれるもので、当地に滞在しているとしばしば体験されることになる。



さてさて、時にMさんのように「特にラマナ・アルナーチャラに興味があるわけではない」のに、不思議なご縁に導かれてやってくる・・・という方がいて、こういう方々の「感性・感覚」というのは我々「熱烈なる信奉者」とは違って「妙なバイアス」がかかっていない分、純粋で面白かったりもする。


というわけ・・で、次回は「信奉心のグラデーション」について書いてみたいと思うが、どうも最近の日記は「次回に続かない」ことが多いからねえ、わはははは・・・・・!!



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「対象化不可能」な存在&「対象化のための」存在
2017-08-25 Fri 13:21
23日のお茶の時間に昨年に引き続き2回目の訪問のYさん到着、10時頃にバスに乗ったそうだがどうやら「各駅停車」に乗ってしまった模様。

彼女は「リシケシの佐々木夫妻」に任せて? Fさんのご案内でギリプラダクシナ出発、1週間ぶりですな・・天気も直前に雨が降って路面温度が下がり、曇り基調で絶好のコンディションとなった。


そしてFさんは直前まで迷っていたものの、結局「サンダルはアシュラムに置いたままで」歩くことになった・・・おお、なかなか潔いではないか!!(お茶の時間に佐々木夫人が、「裸足で歩くというのは『神様を敬う営為』なのよ」と言ったのが決め手になった・・のかもしれないが)



でまあいざ歩いてみれば、さすがに1年前から「裸足で山歩き」を始めて、当地に来るのに備えていた・・だけあって、平地でゴミだらけのアスファルト路面であってもこちらが予想した以上に、軽快に楽々と歩ききった!!・・・のは、なかなかの快挙である。

(初回を裸足で歩ききった場合、次からも「裸足率100%」に挑み続けられる・・・さんすからね)



ギリプラダクシナから戻ってきたらTさん(今回が初訪問)から返信がきていて、私の勘違いでアシュラム到着は26日ではなく27日早朝とのこと・・・となると、

次のギリプラダクシナ予定は26日で支障がなく、そのまま29・1・4日・・と、本来の「3日に一度」のペースでいけるわけで大変ありがたいですな。

25日夕方にFさんを見送った後は26日が予定なしで空いてくる・・というのは、このところあれこれの案件が詰まっていてなんだかのんびり出来ない状況が続いているだけに、ここで一日の余裕が稼げる?・・のは大変嬉しいのであるよ(笑)。



来月初頭に来る「長野のYさん」からも着信していて、ヴィザは代行業者に依頼してまもなく手元にパスポートが戻ってくる・・とのこと。またFBでは、知人を通して「いずれアルナーチャラを訪問したい」という方から友達申請があったし、相変わらず「宣伝屋・案内屋」業務は仕事が切れない?わけではある。



24日は散髪に行ってきた、客待ちなしですぐにやってもらい料金は50ルピー。毎度思うが「口髭の刈り込み処理」は、やはりこっちのオヤジの方が上手ですなあ・・まあ扱う頻度が全然違うわけだしね。


さあて、これで残る課題は部屋替えだけだが、午後には可能なのかな?

・・と若干期待したが案の定「部屋替え」出来ず。私が移るはず(というより本来契約した該当の)部屋に西洋人が住んでいる・・のを確認、インド人客なら短期だからさておき、その西洋人が「長期滞在」のつもりならこれは当面無理そう・・な気がしてきた(怒)。

とはいえ、その西洋人に出て行けというわけにはいかない・・・となると持久戦ではあるが(・・って、なんでこんなことに労力を使わねばならんのか?・・というのが「インド的不合理」ざんすね)、

20号室もこの際「長期滞在用のアレンジ」を実施すべきであろう、既に1週間経過で掃除もしたいし。


そもそも20号室は「2~3日の仮住まい」のつもりだったので、神札や
美代ちゃん写真もしまったままだし、ただ漫然と「当座に必要なアイテム」をばらけただけ・・なので、部屋全体が使いにくいまま雑然としているわけで、それでマインドも落ち着かない感じなのでもある。

もっとも案外その整備作業が終わった途端に「部屋替え」OKになりそうな予感もするが(笑)。



部屋替えが出来ないことや、その他生活全般に渡って細々した状況が意図するようには行かなくて、結構腹立たしかったりして?(笑)なんともがさがさしてくるわけだが、

それに加えてふと「その上ご案内業務も忙しいし・・」などという思いも去来するが、それはちょっと不適切な対応ですな。


「ご案内業務」はもう何を今更の「道具としての『お役目・機能』」なのであって、この件はこっちが(エゴが)感想を差し挟む余地はない・・のが筋ざんすね。


一方で部屋替えやら何やらは「こちらが勝手にその状況を選び取った」形でもあって、エゴが管理している項目である。

それはそれで当然なので、その件でマインドががさがさするのもむべなるかな・・・なのだが、そこに「ご案内業務」を同列に並べて評価するのは「筋違い」になるわけざんすね。



バクティとかセーヴァとか明け渡しなんてものは、「エゴが管理して実施する」営為ではない・・・ここの「筋を通す」のがなかなか難しかったりもする。

ついつい我々は、

「バクティをしてる・セーヴァしてる・明け渡している『私』」に価値観を与えてしまい、それをアイデンティティ化することで「至福」やら「安心」を得よう・・・

というところに迷い込みそうになるわけだが、結局それは「エゴの強化」に手を貸していることになってしまうのだ。

・・・これはスピリチュアル業界?の「典型的な落とし穴」なのだが、『私』を強化することは同時に一つの快感でもある(しかもかなり強度の)・・だけに始末が悪いわけである。



であればこそ、「神様」で『私』を強化するぐらいなら、むしろその対象は「美代ちゃん」であった方が「遙かにまし」なわけざんすよ。

なぜならば「神様」は本来「対象化不可能」な存在であり、一方「アイドル=偶像」はまさしく「対象化のための」存在なのだ。


・・・というわけで、今日はこれから「部屋の掃除&整備」作業をして「美代ちゃん写真」を展示することにしようではないか、それは強烈な「至福」をもたらすわけざんすからね、わはははは・・・・・!!


浅田美代子 ♪赤い風船 <LIVE> - snapshotf

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「事務方業務担当?」
2017-08-21 Mon 16:20
さてここ数日はあれこれありすぎ&体調不良で、なかなか日記の原稿をまとめる余裕がなかったのざんすよ。


先ずは16日の柳田先生のご命日の追悼ギリプラダクシナは、通算400回目のそれとして無事完了。

本来ならそれについて何かしら書きたい感もあるが、大方のところは4年前の「通算300回」の際のあれこれで書いていたりもするので、そちらをご覧いただくとして↓

http://sirius02.blog6.fc2.com/blog-entry-1152.html


これで今回の滞在の前半のメインイベントは終了・・と同時に何か気が抜けたのか風邪を引いたようで(ずっと喉の奥に違和感があったが)、17日は朝から体調不良、胃腸の調子までおかしく朝食はどうにか食べたものの、何と昼食を抜く羽目に(笑)。


結局17日はそのまま絶食。

ちとふらついたりしてしんどかったが、17時に帰国するH氏の出発見送りへ行き(リシケシのHさんもこの日の出発・・早朝だったので見送りなし・・笑)、ネカフェへ行ってこれからやってくるFさんあて最後の業務連絡を送信すると共に、

先日書いた「アシュラムから相談された『実務的問題』」についての続報がきていたのでそれを読む。


おお、懸念した展開とはならず日本側の関係者がこの件に関して快く対処してくれたではないか!!



で、その「実務的問題」というのは、アシュラムのアーカイブ管理セクションが抱えていた問題なのざんすよ。



2003年にアシュラムでは「アーカイブ管理専用棟」を建設し、そこのみは「空調」が効いていて、ラマナが日常的に使われていた生活用品や各種写真のネガ、さらには「遺髪の一部」・「切った爪の一部」・「抜いた歯一本」も存在するのだが、

それらの他に、1896年8月にラマナがマドゥライの叔父の家からアルナーチャラに向かって出発する際に「家族あてに書き残した手紙」から始まって、ラマナがその生涯に直接書かれた「手書き文章」というのは全部残されている・・・のだが、どれも100年ほど昔の「紙」であるからインドの苛烈な気候と相まって、やはり「経年劣化」が進行している(もちろん既に「デジタル・データー」化作業は済んでいるが)。



そして世界中どこの博物館や研究機関においても、これらの「歴史的古文書」の補修作業に当たっては、「日本の特殊な和紙」が使われている!!・・・という事実があって、つまりアシュラムでもこの「日本の特殊な和紙」が使われているのだが、

そもそもそれらに関しては20年ほど前に、アシュラムから相談された故・柳田先生が日本ラマナ協会のミッションとして、アシュラムに寄贈した・・ところから始まっているのである。

http://www.papernao.com


今回その「補修用特殊和紙」の在庫が尽きかけてきて、アシュラムが日本のメーカーに注文したものの、銀行のシステム上の都合か何かのせいで「決済が出来ず」、福間さんの協力であれこれアプローチしたもののどうにもうまくいかなくて、話が宙に浮いたままになっていた・・のですな。

(因みに「インド関係の銀行でうまく決済出来ない」話は、他にも最近耳にする・・私の知人が主催するある勉強会グループもこれまで毎年「銀行送金」でアシュラムにドネーションしていたのに、今年はなぜがそれが不可能なため、知人から「代わりに直接ドネーションしてきて頂けませんか?」と今回現金を預かってくる・・という一幕もあった)



そしてよりによって折悪しく、シュンニャさん他定住する日本人がたまたま長期不在OR動けない状況の上に、柳田先生と親交があり日本ラマナ協会との窓口的な存在でもあるゼネラル・マネージャーのマニさん(「ラマナ・ファミリーの一人、ラマナの甥っ子の子息になる)も、ご子息が住んでいらっしゃるアメリカに逗留中・・・という状況。



そんな時にたまたま、ぐうたらと「食って寝て歩く」だけの私が滞在していたわけで、アシュラム側としてはいわば「藁にもすがる」思いで、この私ごときに「何か良いアイディアはないか?」とダメもとで相談してきた・・次第なのざんすね。



要するに私は「日本側の関係者」に連絡しただけなのだが、その方々が快く事態を収拾して下さっただけでなく、ちょうど結果的にそれもまた柳田先生のご命日と重なり、

関係者からも「これは柳田先生にはめられましたね(笑)」と言われていたわけだが、しかしよく考えると私は「アシュラムの代理人」でも「日本側の窓口」でもないわけで、

何だか今回は「コーディネーター」みたいな役割だよなあ・・これもバガヴァンが私を「道具として使っていらっしゃる」ということなのだろうか?(笑・・結果的に「点数稼ぎ?」みたいな格好になってしまったし)



それはさておき、17日は夜になっても体調は回復せず、胃腸薬・感冒薬・鎮痛剤いろいろ試すはめになってしまった。


そして18日もまだふらつく感じで、胃腸の具合は絶食により不快感は無くなったが食欲復旧とまでは行かず、朝食はクラッカーとチョコレート・昼食もまたクラッカーと「あさりとごぼうの味噌汁」に留める仕儀になった。


しかし「宿替え」の日なので、休んでいるわけにもいかない(笑)・・・どうにか荷物を移動したら、やはり話はスムーズにいかず予定していた26号室は2日後からにしてくれ・・となって、H氏が出た後の20号室へ。

夕方レジストレーションの際にマネージャーから「残金は?」と聞かれたので、「26号室に移動してから払う」と意趣返ししてやった(笑)・・まあ実際手元に残金分4000ルピーはなく両替する必要があるざんすからね。

夕食は久々に「フルーツ&ミルク」を頂く。


宿のWi-Fiは部屋内ではやや電波が弱いものの、とりあえずサイト閲覧やコメントのやりとり、ラインのやりとりには問題はないし、通路のベンチに出れば電波が強くなるようだ・・・案外26号室はもっと感度が良いのかもしれない。

ただし停電になると、非常電源はWi-Fi設備をバックアップしてないようで不通になってしまいますなあ(笑)。



H氏は無事に大阪に到着したようだが、多分その帰り便のフライトで旅だったFさんは、クアラからFBに投稿していた。

ロビーで旅慣れた日本人親子と仲良くなってあれこれ教えてもらったり、一緒に夜明かしすることになったらしい。



19日の昼食は久々にアシュラムのランチを少量頂くが、胃腸の方はほぼ正常に復旧・・Fさんへの説明を兼ねて珍しく夕食を頂くことに。


そしてシュンニャさんが本日帰国・・あれこれ話したのだが、彼女は「なかなか素敵な将来ビジョン」を描いていて、それはラマナに共感する日本人信奉者たちにとって大いに福音となるだろう!!

・・と賛同する内容だけに、そのヴィジョンの実現・遂行にあたっては、私も「宣伝屋・案内屋」として全面的に協力する所存である。



初訪問者Fさんは大方の予想通りに12時半頃到着、色々細かいトラブルはあったものの先ずは無事に到着でやれやれですな・・彼女は何と「海外旅行自体が初めて!!」なのに、独りでここまでやってきた勇気にあっぱれざんすね!

たまたまあてがわれたゲストルームが、私が滞在していた「旧図書館を改装した建物」内の部屋(1階)だったので早速先日日記でも紹介した「屋上の絶景」をご案内。



そして20日はご案内で久々に登山道を歩き、スカンダ・アシュラム~ケーヴ~大寺院へ。やはり奥の院は「非ヒンドゥ入場禁止」のままであった。まだ完全には健康状態が回復していないのか、登山道ご案内でも予想以上にくたびれて、食欲不振のままである。



26号室への移動もまだなので、部屋内が整備できないしせっかくWi-Fi場接続になっているのに、滞在日記原稿を書く暇がなかった・・・のを夜更かししながらようやく書き上げた次第。


シュンニャさんからもちょっとした頼まれごとがあって、後日やってくる相棒にその件を打診したら、「運び屋」は引き受けるが他の事務処理は面倒だからそっちでやってくれ!・・とつっぱねられ、ああまた仕事が増えて誠に面倒臭い!!(なんだかまたまた「コーディネーター」みたいな役回りではないか。


・・・これで本日21日午後には「リシケシの佐々木夫妻(奥方が私の住む鴻巣の家の家主なのだ)が来るし、22日には大阪の「浮き世離れ
したとっぽいねーちゃんの『6番弟子』もやってくる・・わけで、ますますわさわさするではないか!!(笑)



まあこれも大義としてみれば「カルマ・ヨーガ」なのかもしれないが
、かくして私は「探求者・修行者」ではなく、「事務方業務担当?」みたいな生活の今日この頃なのざんすよん、わはははは・・・・・!!
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あれは一体何だったのか?
2017-08-15 Tue 21:02
さてこの時期に当地に滞在していると必ず書くことになるのだが、本日15日は「インド共和国独立記念日」であり、ラマナアシュラムでも朝一番の儀式「ミルクオファーリング」が終わって朝食となる前の時間に、食堂屋上で国旗掲揚・国歌斉唱が行われる。

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インド独立の経緯と私にはもちろん直接的には何の関係もない・・・のだが、あれこれの因縁があるのは過去にも書いた。


要約すると、

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国父ガンディーと並び称される事の多い、独立運動の闘志チャンドラ・ボースが、戦時中に亡命先のベルリンから東京で開催された「大東亜会議」にインド代表として突如姿を現した!!・・・のは、日独海軍潜水艦による共同移送作戦の成果である(通常の陸路・空路は連合軍の勢力下、シベリア鉄道はソ連領土内で使えない)。


・・というわけで、元海上自衛隊潜水艦乗務員という経歴を持つ私にとってこれは「大先達」たちの偉業であるのだが、それだけではなく、

その作戦を遂行した日本側のイー29潜は、次の任務では「第4次遣独潜水艦作戦」の担当艦となり、待ち受けていたイギリス軍の猛攻をかいくぐりながらドイツ占領下フランスの海軍基地まで辿りつき、日本からの派遣団はベルリンに着任した。


この派遣団の一員としてシンガポールからこのイー19潜に乗り込んで、ベルリンの海軍事務所駐在武官として着任したI海軍主計中佐・・ソ連軍によるベルリン制圧の直前に中立国スェーデンに脱出して投降し、その後日本へ復員することができたこの軍人さんのお孫さんというのが、


私と三鷹台ラフターを共同主催している櫻井珠喜さんなのざんすよん!!


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それはさておき、アシュラム本体敷地内のゲストルームAー5号室に移ってからというものは、「普段あまり聞き慣れない」音が24時間に渡って響いてくる。


それは何か?

実はなんと「せせらぎの音」・・・といっては大げさだが、要するに「水の流れる音」なのざんすよ。


とにかく先月28日の待望のスコール以来、今度はほぼ毎日の降雨でそれが結構「大雨」なのですな(一日中降るわけではないが)。

なのでいつの間にやら、ガラガラだった井戸や各地の沐浴場が「そろそろ満水」状態に近づきつつある・・のざんすよ(ちなみに当地は本来の「雨季」ではない)。


28日以来の全体の降水量がアルナーチャラの「保水能力」を越えた模様で、山裾の各所から伏流水が流れ出している・・・ので、御山のすぐ脇にあるアシュラムの敷地内にも水が流れてくるのですな。


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ご覧のようにその水流を集めて沐浴場へと導かれている用水路が、私の居住している部屋の近くなので、あたかも「川のせせらぎ」のような響きとなって、BGM的に24時間途絶えることなく聞こえてくるのざんすよん!!


まあ、こういうBGMなら大歓迎なのだが、しかしつい3週間ほど前までの「干ばつ・日照り・猛暑」は一体何だったのか?・・・と訝しくなるほどの環境変化なのですなあ、

今の部屋は奥まっていて樹木の影で日差しも遮られることもあって、ほとんど扇風機不要なほど涼しいし(うっかりすると朝夜は半袖では肌寒い位)。



今回の滞在日記の始めの頃の記述・・・あの炎熱猛暑に喘いでいたのが、まるで夢の中の出来事であったかのようだ。

「諸々の事象はすべて移ろいゆく」ものにすぎない・・という真理を嫌でもリアルに感じられたりもするのざんすね。

そしてそれら事象が過ぎ去ってしまえば、

過去とは「想念の蓄積・堆積群から『ご都合主義的』にエゴが抽出して後付けした物語」でしかないし、未来とは結局「そのストーリーを反対方向に投影した『なんらかの期待OR不安』」以上のものではない。

・・ということにもなるわけである。


そしてそれらの「想念の蓄積・堆積群」というものが、様々なレベルにおける「関係性」から織りなされるもの・・・だとしたら、『私』なるものの中身とは、常に「関係性の中で生起する」もので、『私』なるものそれ自体が、実は「極めつけのリアルを付与された虚構」なのだ・・とするならば、

いわゆる「過去から未来へ・・などという流れ」の中の視点で「私は誰か」などと問うこと自体が、本質から逸脱していることになってしまうのではないか?


・・・とまあ、涼しくなってきたので幾分「頭脳の回転速度?」も上がってきたようざんすね。


かくしていよいよ、

「「移ろいゆく事象とリアリティ・存在の根元の考察&クレンペラーの音楽がもたらすもの、そして跳梁する道化」

・・などとい仰々しい「論考」もどき?(この数年暖めているテーマである)に取りかかりたいところなのだが、この後またバタバタと身辺が忙しくなってくるからなあ。



というわけで今回もまた「次回に続く」・・かもしれない、わはははは・・・・・!!
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ばたばたしたがいよいよ「リーチ!!」
2017-08-13 Sun 21:19
日常生活にあっては往々にして、「用件を抱えている時に予想外の別件事項が生じて対応に追われざわざわする」というのはよくありがちなことだが、当地にあってもその辺は変わらない。

・・・なるほどアシュラムという場所は本来「リトリート」のためにあるのだが、毎年滞在を繰り返してきて今回も3週間以上が経過し来るとなると、「霊的な修行生活」というよりやはり「日常生活」化してくるわけである(笑)。

一昨日11日のお茶の時間までは特に何もない平穏さで、いささか退屈しかかってきていたのだが、お茶を飲み終わって外に出たところから「ぱたぱたと忙しく」なってしまった。



今回のアシュラム滞在許可は1ヶ月なので、今月18日からはアシュラムのゲストルームを退出してアウター生活に移行するのに伴い、次の寝場所を確保する必要があるわけだが、

14年・15年にも数ヶ月単位で逗留した「アルナーチャラ・ラマナホーム」のオフィスを訪れ、定番となっている?「3階の道路側のダブルの部屋」を予約してきた。


「一ヶ月12000ルピー」の先方の提示を10000ルピーに値切って契約合意、内6000ルピーをアドバンスとして支払い済み・・3年前は「月6000ルピー」だったのでその倍額の提示はいささかえげつない感もあるが、物価上昇を考えれば致し方ないか・・税金がどうたらとも言っていたが。

H氏は同じダブルの部屋を「1日600ルピー」で借りている(彼の場合は1週間の滞在)とのことだから、全体としては18000ルピー→10000ルピーのディスカウントなわけで、まあ決して悪い取引ではあるまい(笑)


因みに今回は26号室・・というのはフロア唯一の「離れの部屋」で詳細な検分はしてないが、以前から気になっていた部屋ではある・・後日引っ越したらまた写真撮影してアップする予定。

ついでに久々に屋上に上ってみた。一昨年に比べると前方の樹木が延びてパースペクティヴがやや狭くなった印象があるが、これは現状のアシュラムのM31号室からの眺望と比較すれば・・なのかも?(笑)



まずはこの「宿替え」というのが近々の最大の懸案事項だったので、これをクリアしてやれやれとほっとしてアシュラムへ戻り、夕方の礼拝?を終えて部屋に戻ろう・・・としたら、「おい、スズキ、ちょっと話があるから来てくれ」とオフィスから呼び止められた。


このところ見知らぬ日本人らしき訪問者を見かけたりしているので、「案内をしてやってくれ」と言う話かな?・・・と思ったら(普通それ以外考えつかないし)、そうではなくてある「実務的な問題」について「何かアイディアはないか?」とのことであった。


一応この件については「間接的に知っている」だけの立場なので、私個人としては何も尽力は出来ないのだが、「おそらくは『有益なアイディア』を提供してくれるのではないか?」という人物の名をあげて、とりあえず「心当たりの方々に連絡してみる」ことにした次第。


・・・それ以上のことは私には何も出来ないからな。そもそもそんな込み入った「実務的」な話を英語でやりとりするだけの力量もないし(笑)



で話はそれだけでなく、ドクター・ムルティからA-5号室への移動を要請され、翌12日に移動し17日までステイすることになった・・・アシュラム本体敷地内にある男性用シングル棟長屋の一番端の部屋だが、かって「小火事件」のあった部屋でもある(笑)。↓

http://sirius02.blog6.fc2.com/blog-entry-191.html


まあ、給水状況が復旧して古いゲストルームへの受け入れ復活&新しいゲストルーム群は「新来の客」へ回したいからでもあろうが(13・14・15は連休となってこの週末にはかなりの訪問・滞在客が来る模様)、もしかしたら「そのまま滞在延長できたかも・・?」という感もあるが、昨日までに指示されたならさておき、ついさっき内金も払ってしまったからな(笑)。


しかしものはついでに?・・この機を捉えて、「18日以降も継続して『アシュラムでの食事』を食べさせて頂けないか?」という、最大の懸案事項について打診し、ドクターの了承を得る。


そうなのだよ、私にとってはこの「アシュラムの食事」こそは瞑想なんぞという営為よりも遙かに重要な「実務的問題」ざんすからね、わはははは・・・・・!!



というわけで、昨日午前中にA-5へ部屋替え実施。


かなり古い建物なので設備的にはこれまでの部屋に劣るものの、我々のような「オールド・ディボーティ」にはやはりこちらの方が馴染みがあってしっくり来る・・のですなあ!!

アシュラム本体敷地内の一番奥まった辺りにあって、アルナーチャラのお姿は樹木に遮られて見えないものの、もう直ぐそこにアルナーチャラが鎮座してましますわけで、静謐さとパワーの浸透度という点ではやはりこっちの方が素敵なのだ。


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上述したように昨日の夕方からの「パタパタした展開」のせいもあって、昨夜は妙に目が冴えて寝付けず本日は睡眠不足・・ということもあって、下記案件のメール始め来週訪問予定の方へ「の業務連絡その2」や滞在日記も全く手が着けられず。

当初の予定では「1日のアドヴァンテージ」をここで使って、ギリプラダクシナは翌13日としてネカフェに行くつもりだった・・のだが、原稿が何も出来てないのではね(笑)。


逆にどうもこの一連の出来事により、エネルギー的になんとも「ざわざわ」上気している感じなので、やはり無性に歩きたい!!という気持ちが強く、ネカフェにも行かないとならば少々睡眠不足ではあるものの歩いてしまおう!!・・・と思い立って、予定通り12日に歩くことにした。


お天気もまあまあ何とか凌げそうだったので、前回同様にお茶の時間の後の16時半スタート。

やはり「エネルギー調整」の為にもギリプラダクシナは有意義なのですなあ・・・かくしてこれで399回目を完了し、いよいよ次回は400回へ リーチがかかったわけざんすよん!!

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これでは瞑想にはならないですなあ
2017-08-10 Thu 20:36
ようやく懸案事項であった「母への手紙の投函」を完了・・現在の郵便料金は「国際航空便封書」は30ルピー。

到着まで約1週間となると、案外16日(柳田先生御命日&ギリプラダクシナ通算400回到達予定日)あたりかな?



昨日のギリプラダクシナは、前夜のスコールの後の曇り基調でありお茶の時間にはむくむくと積乱雲も生じていた・・ので、いつもより1時間早く16時半にスタート。

実に快調に歩けたし(結局空模様は晴れてきてしまった。今度こそ「ずぶ濡れで歩く」のを期待したのだが・・しかし深夜になって激しいスコール)、この時間帯だとアルナーチャラのお姿もパンチェムカでも全容がくっきり見渡せるだけに(この辺りで日没を迎えたので)、できればこの16時半スタートが望ましい(特に「ご案内」では)わけだが、晴れちゃってるとさすがに路面がまだ熱い・・からなあ。


しかし大寺院まで来てびっくり・・いつの間にか一番奥の神殿への、「非ヒンドゥ&外国人」入場禁止・・になっているではないか!!

告知サインには特に何かのイベントとか期間限定とかの説明がない・・ということは、今後はもう当面入場禁止なのかな?


まあ大寺院自体への入場制限ではないから、ご案内で「パタラ・リンガム(アルナーチャラに到着した当初のラマナが、「深いサマディ」に浸っていたところ)」参拝や「象さんの祝福」を受ける・・のは大丈夫だが、

「非ヒンドゥ&外国人」でも神殿最奥のゾーンまで参拝可能・・・というのがインドでは珍しいこの大寺院の特徴だっただけに、もしこの状況が当面続くとしたら誠に残念ざんすね。


諸般の事情で、排他的なネオ・ヒンドゥの風潮&勢力が強まってきている・・事の反映だとしたら、外国人ツーリストとしては「それなりに注意も必要」かもしれない。




2日以来2度目の滞在中のH氏は到着3日目辺りから下痢にやられてしまい、何とか持ち直しつつあったものの昨日になって症状がぶり返したため、おりしも滞在中の「リシケシのHさん」共々付き添ってアシュラムの診療所へ・・どうやら細菌性の下痢の模様で点滴及び各種飲み薬を処方される。

間の悪いことにちょうど滞在許可最終日、残念ながらアシュラムへの滞在延長は認められず(まあ「身動きできない」程の深刻な状態ではないので・・)、前日に予約してあった外部のゲストハウスへ宿替えとなった。


たまたま現在は、シュンニャさん始め現地在住者の皆さんが揃って不在ORアシュラムにあんまり出てこない・・・という状況だけに、「リシケシのHさん]が滞在中だったのは彼にとっては大いに僥倖であろう。



思い返せば私も27年前の丁度今頃なのだよなあ・・・私もリシケシでHさんに随分助けて頂いたのだ(・・昨年20数年ぶりの再会を果たし、今年もうまい具合に滞在時期が重なった)。↓

http://sirius02.blog6.fc2.com/blog-entry-1425.html


そのおかげでそれまでの「ぼこぼこ&けちょんけちょんな状況」が一気に反転し、以降はとてつもなく楽しくインド&その他の国々の旅を続けられるようになった・・わけで、さてH氏は現状では予定通り来週帰国する様子だが、

衛生面のあれこれはまた別の話として(私も過去に何度かこの「細菌性の下痢」にやられで難儀したものだ)、「巡礼の旅」に「あれこれのアクシデント」が伴うというのはありがちのことで、今回はH氏にとってはある意味で「カルマ落とし」的な現象でもあろう・・と思う。

これにめげずにまた再びインドへ・アルナーチャラへ来る気になってくれることを大いに期待したい・・出来ることなら残りの滞在期間中にかっての私のように、何かこう「突き抜けるような『画期的な楽しさ?』の発見」を体験できると良いのだが・・。



それはさておき、28日以降はほぼ連日の降雨(一昨日&昨夜もかなり激しいスコール・・夜中に激しい雷鳴があると、用心のためタブレットPCや携帯の充電が出来なくて少々困るが文句は言えまい・・笑)が続くようになり、「水不足」状況もようやく終息する傾向にある感じだ。

到着した当初とは違ってアシュラムで「給水車」を見かけなくなった気がするし、実際食堂前の手荒い場の水栓もこれまで閉栓されていた2本が最近復旧され再び使えるようになった・・ざんすからね。

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井戸や隣の沐浴場の水位もここまで復旧したし。


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H氏が借りることになったゲストルーム(私のお馴染みゲストハウス
でもある・・)でも水の出具合を調べたが、やや水勢は細い感じではあるが問題はなさそうだ。


このあと13・14・15日が祝日も絡んでの3連休になるので、明日からの3日間に外貨両替と宿替えの契約を実施しておこうかと思う・・・18日からの居住となると1週間前にクリアしておく段取りというところかな?



というわけで長くなったので前回の話の続きはまた次回として、最近の白昼夢覚え書き・・・・。


・漆黒の宇宙の中で?・・巨大なる単眼が瞑目状態から瞼が開いていく。どちらかというとラマナの瞳のような慈愛ではなく、シヴァ神の「第3の目」のような少々不気味な妖しい感じの目玉である。


・そして昨日の朝方の夢見は懸案の「仕事に関するテーマ」だったが、これまでのパターンとは違っていてなかなか面白い内容だったし、


・瞑想ルームではぼんやり座りながらふと、「ラマナを日本にお呼びして接待するとしたらどんな風にしたら良いかな・・・?」という変梃なあれこれの妄想に耽っていて(お食事には何を出そうか?・・とか)、これもなかなか楽しかったざんす。

・・って、これでは瞑想にはならないですなあ、わはははは・・・・・!!
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