The link at the date of the calendar is an entry.
「御神意」あれこれ・・
2018-07-16 Mon 21:52

某所にてひょんな成り行きから、「さる高名なる覚者」が普段の生活上で『身につけられていた着物』を拝顔するだけでなく、そこに居合わせた数名で「羽織るOR袖を通す」という大変貴重な体験をさせていただいたのだが、鈍感な私ですら何かしらの霊威を感じ取ることができ、何とも畏れ多く身の引き締まる想いがした。


しかし後になってよくよく振り返ってみるとこの体験は、実存的な意味合いでもなかなか啓示的な体験だった・・・のですなあ。


というのも私のアイデンティティとしての「神の庭にて踊る道化」はどんなコスチュームなのか?とイメージすると、アイテムは「扇子」と「打出の小槌」で足はもちろん素足、そして「道化のトレードマーク」である「フールスキャップ」については、是非とも「ラマナの褌」で作りたい!・・などという大それた妄想があるのだが(笑)、


一方でどんな服装が適切なのかな?・・・と考えたときいまいちイメージが不鮮明だったのだが、今回「名高い覚者の着物を羽織らせていただいた」ということは、

「神の庭にて踊り・祝福する」という営為には、これほど相応しい衣装はあるまい・・・和服なので「羽衣」をも連想されるだけに。


かくしてこのいささかぶっ飛んだ素っ頓狂な道化の片足は「霊性の世界」にも属している・・・ことを、図らずも御神意として啓示されたもうた・・のかな?

・・なんて思いたくなるわけである(全く予想外のことだったし)。



もっともその後の夢見として、


>>>>>>>

TAICHI-KIKAKUの新たなる演劇公演に出演することになり、かなりスピリチュアル要素が濃厚でこれまでに体験したことが無いほどの「霊的・内的に精緻な表現」が要求され、演出のモリムラさんにビシバシと厳しいダメだしを連発される・・・

<<<<<<<


というもので、詳しい分析は省略するがこれは相当にシンクロしているヴィジョンといえるだろう。



さてそれはそれとして、今回の夏季巡礼・・あちこちのお社&お寺でもこれまた予想外にいろいろとインプレッションがあったざんすねえ。


「あんたねえ、こっちはこっちの都合でやってるんだからさ、そんなに急かしたり慌てたりしなさんなよ」

というのが、可睡斎の不動堂前のゾーンで踊っていた?(ここは殆ど誰もいないので・・)時のインプレッションなのであった・・・しかも、

「待ってる間の暇つぶし用の娯楽やおもちゃもいろいろ用意してやってるでしょうが!」

ということで、なるほど例えば「美代ちゃん」道楽もおそらくその一つなのだろう(笑)。










まあこれはあくまでジョークとしての御神意なのだろうが、同時にもたらされたのが、「技を磨け!」というもので、これはまさしくお不動さん&秋葉三尺坊大権現さんのご託宣と受け止めるべきであろう。



そしてもう一つは江ノ島にてのインプレッション・・・。


「岩屋」参拝の後でベンチにて休みながら、あれこれのことをいささか「妄想チック」に展開している私自身をふと省みて、「おいおい、こんなことを考えてたら非常識だよなあ・・」と冷静に反省しようとした途端、頭のどこかに全く別の言葉が閃いた。

「何を今更!!・・・あなたね、もう十分非常識にぶっ飛んでるのよ」

と、これはどうやら弁天様からのインプレッションだったようだ(笑)。


その前に小田原では前回「手相」を観てもらったSさんに今度は「数秘術」のリーディングをしてもらったのだが、このSさんも「サラスワッティ」関係者だからねえ。


で、数秘術の鑑定それ自体は前回の手相ほどの驚きは無かったのだが、しかしながら手相同様にそっちでも結局私の運命は、

「神様関係」の業務に「気高く」邁進すべし!!

・・というご託宣なのですな。



そういえばその後のRANANA ARULでの親睦会では「天河弁財天」のこともいろいろ詳しいお話が出てきて、ううむ、これはまたいずれ参拝することになる・・・のかな?



そんなこんなで今回の巡礼を総括すると、

「御神意によるプロセスを受け入れ、焦らず・慌てず・急かさずに待ちながらも、『技を磨く』」

・・・ということになるようだ。


「技を磨く」なんてあたりは前述の「夢見」でも重要なモチーフとなっていたわけだが、では具体的には何をどのように?

・・・というあたりについては、既に着手し始めているがまたいずれ記事にしたいと思う。



そして今回の夏季巡礼のラストはそのTAICHI-KIKAKU主宰のワークショップだったわけだが(ちょうどオーハシさんの誕生日でもあった)、各お社&寺院で頂いた御神徳やインプレッションと新月のパワーも相まってなかなか素敵なセッションであった。


特に随分久々に「3つの椅子の物語」のイメージ・ワークをやったのだが、そこに出てきたのが、

1・怪獣ギャンゴ(初代ウルトラマンに登場した道化チックな怪獣)、

https://dic.pixiv.net/a/%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%82%B4


2・豊川稲荷お使いの白狐


3・大日如来(ビルシャナ仏)

・・という面々で、ギャンゴと白狐との対話ではそれぞれに含蓄のあるメッセージを送ってくれたのだが、大日如来さんはなんと最後の最後にまさかの

「がちょ~ん」の一発ギャグ

というのがねえ・・・まさか仏様がギャグをやってくれるとは大感激したのであったよ、わはははは・・・・・!!








スポンサーサイト
別窓 | コラム | コメント:0 | トラックバック:0
「全てを相対化する視点」
2018-07-09 Mon 21:38
ちょっとここ数日大きなニュースが続いているわけだが、私としてはやはり6日の「オウム首謀者たちの死刑執行」について所感を書いておきたいと思う。


あの教団が台頭してきた80年代半ばというのは、私は20代後半でまだインドに出かける以前の頃である。

とりわけ90年2月にオウム真理教が衆議院選挙に大挙して立候補した際には、




私が当時住んでいたアパートは麻原教祖が立候補した選挙区内にあっただけに、街頭での選挙パフォーマンスも直に見ていたし、アパートの郵便受けには毎日のようにチラシが入っていて、私としても「オウム真理教」という存在は以前から大いに「気にかかる」対象であった。



その頃は「演劇青年」だった私だが、30歳という「区切りの年齢」が迫ってくる中で自分自身の方向性と現状の乖離に懊悩して何か「突破口」を求めていただけに、アプローチとしては「自己啓発系そのもの」である彼らのパンフレットの内容はなかなか魅力的に感じたし、セミナーなどに参加してみたい誘惑に駆られたりもした・・のである。


もしあの時「参加」していたらどうなっていたであろうか?

私はかって海上自衛隊の下士官(職業軍人である)であり、潜水艦乗務員という経歴を持っている・・・・ひょっとしたら一連のテロ事件に「加害者」として関わってしまい、今頃は獄中にある・・・ となっていた可能性もあったのかもしれない。


だが結局は一度も関わりを持つことはなかった。

1つには、教団が主催するあれこれのセミナーなどの受講料が「かなり高額なお値段」だったからであり、 そして何よりも麻原教祖の写真にどうしても「品格」というものが全く感じられなかった点であった・・・・。

これは全く根拠のない直感であったのだが、その後インドへ出かけるようになって、インドの諸聖賢たちのお姿に備わっている「品性・品格」というものを知ると、その対比は著しいものとなった。


bahgavan_ramana_4_2018070921355958e.jpg



まして今更ここで言葉を連ねる必要すらないだろうが、とりわけラマナのご尊顔、特にその「瞳」については、信奉者だけでなく少なからぬ人々がその魅力に惹かれている・・わけでもある。




そして死刑執行の翌日7日という日付は、私にとっては「第1次インド計画」・・・つまり「初めてのインドへの旅」へと成田から飛び立った日なのであった。

・・これはその選挙で彼ら全員が落選して数ヶ月後だったのだが、もう28年前になるのですなあ。


img0301_2018070921360234f.jpg



この旅はインド半年・ネパール3ヶ月・タイ2ヶ月・香港&中国1ヶ月の約1年に及ぶものとなり(帰国日は91年6月20日・・14年後の同日に「刃傷事件」が起きる・・笑)、私の人生に画期的な大転換をもたらすことになったわけで、かくして今年は「第28次インド計画」が控えている次第(笑)。



さてそこで思うのは、当時オウム真理教へ入信した人たちにしても(今回死刑執行された首謀者たちの大半は私と同年配である)、

もしその前に直接インドへ行って、かの地のあまりに多様かつディープなスピリチュアリティの様相に対峙していたら・・・?

また同時に、彼らはクリシュナムリティやラマナという聖賢の存在と教えに出会うチャンスはなかったのか?・・あるいはあってもスルーしてしまったのかなあ?

・・・ということでもある。


80年代始めにラマナ関連書籍は既に「ラマナ・マハリシの教え」と
「南インドの瞑想」そして「秘められたインド」の3冊が出版されていたし、

http://www.geocities.jp/ramana_mahaananda/information/ramana-books.htm


クリシュナムリティの著作はかなりの点数が出版されていた・・わけで、オウム真理教に取り込まれ洗脳される前に、これらの書籍に出会っていたら・大いなる関心を抱いていたならば、随分と違うプロセスとなった・・のではないかなあ?

・・・と思うのである。


というのは私自身にとっても、親が○価△会の信者なのでまあ随分と影響を受けてしまった経緯があり(実際熱心に活動していた時期もある・・)、あそこもやはり「この信仰を捨てると地獄に堕ちる」的なアプローチで、離反を阻止する構造である。

(これ自体は明らかに「脅し」だし「洗脳」なのだが、一般レベルの善良なる信者たちにはそんな意識は毛頭無く、大いに親身になって「地獄に落ちて惨めな人生を送る」ことを「心配」してくれる・・だけに始末が悪いのだが)


子供の頃からこういう「ネガティブ・メッセージ」に晒され続けて成長すると、大人になって教義や組織に反目してもどこかに「離反する恐怖」が残存して、これがかなり心理的に「馬鹿にならない影響」を及ぼし続けるのだが、

私の場合はそれを「完全に払拭」できたのは、クリシュナムリティという巨大な「通過公案」を何とか通り抜けたから・・・である。


そして順番としてはその後に、「ラマナ=アルナーチャラ」の比類無き臨在と恩寵を直接的に(何度も)体験する・・・という僥倖に恵まれ、お気楽脳天気!」というある種の「安心立命」的なところに何とかたどり着いて現在に至る・・わけざんすね。



で、オウム真理教ではことさらに「バクティ」や「カルマ・ヨーガ」が強調されていたわけだが、この

「バクティ」・・・神への完全なる明け渡し、及び「カルマ・ヨーガ」・・「私」なき奉仕の労働

それ自体は「純粋なる宗教的営為」であり、単にカルト集団に限らずあらゆる「宗教」のいわば「必須アイテム」だし、とりわけ「バクティ」とは信仰の中核そのもの・・でもあり、それなくして宗教もその他のスピリチュアルなアプローチも全く無意味であろう。


問題はそれが「神それ自体」からの発動ではなく、神の名を「標榜する(にすぎない)」人間から、彼個人もしくは組織保全の営利のために「強制的に」命令される。


ことによる弊害であり、と同時に信者にとって誠に安易なるアイデンティティと化してしまう・・逆転した状態を生起せしめてしまうわけでもある。


霊性の道において、「私の中身」なんぞ実は全く無意味でありそれを放棄していく・・のが王道なのだが(だから「バクティ」や「カルマ・ヨーガ」に意義が生じる)、えてして

「私はバクタでありカルマヨーギとして霊性の道を歩いている」・・・こと自体がアイデンティティとしての「私の中身」になり、それをエゴとしてますます強化していく・・・・

羽目になることがかなり多い。つまり「評価の対象」になってしまうのですな。

そこには「優劣」の感情も生起してくるし、誰かに(皆に・上長に・グルに・神に・・)認められるかどうか?・・・が関心事項になるわけで、それにあれこれと「心乱されて」しまう日常になってしまったら、どこにも「安心立命」も「救い」も「さとり」もありませんですな(笑)。



そして肝心なことは「バクティ」とは、こちらから仕掛ける?筋合いのものではない・・・のざんすよ。

これは「神そのもの」が、直接的にその臨在と恩寵をこちらのハートに投げ込んでくる!!

という強烈な体験が先にあり、であればこそ広大無辺なる神様へ答礼するには、「自発的に」バクティでありカルマヨーガであり・・という様式にならざるを得ないのである。



しかしまあ、私の場合はそんなご大層なものではなく、単に「霊性の道」に対する希求の度合いというのが、「どこか適当でいいかげん」である(現在も然りだが)ことが大いに幸いしている・・・ということでもある(笑・・いや実際問題として「真剣に悩み突き詰めてしまう真面目なタイプ」ほどカルトや洗脳に嵌り易いターゲットなのである)


これは「全てを相対化」しうる視点とでもいうべきものを、どうやら子供時分から持ち合わせていた・・・ということのようである。


なるほど「神様」当のものそれ自体は絶対的な存在なのだが、神様という「概念」も・それに関わる「私の中身」なんてのも、実は「相対的な虚構(ただし極めてリアルな・・)」なのざんすよ。


このアクロバチックな有様を徹見すると、人生は無責任にお気楽脳天気!な境地で眼前に「新たなる地平」が拓かれてくる・・・のですなあ。


ということで、確かに私はあくまで結果的に「ラマナ=アルナーチャラ」バクタであり、「畏くも御神意に生かされ在る道具」としての自覚に基づいて「アルナーチャラの宣伝・案内屋」の業務を「カルマ・ヨーガ」として携わっている・・・わけざんすね。


だからそれは「私のアイデンティティ」としての営為ではないのだ!!


では、「私のアイデンティティ」とはいかなるものであろうか?


それは、

「神の庭にて踊る『祝福せし』道化」

なのざんすよん、わはははは・・・・・!!


別窓 | コラム | コメント:0 | トラックバック:0
曼荼羅ガーデン遂に「完全完成」!
2018-07-02 Mon 20:28
しかし関東では観測史上初という「6月の内に梅雨明け」となって、ここ数日は朝からドピーカンですっかり真夏、日差しがじりじり暑いだけでなく、路面の方も結構な蓄熱状態となり午前も含め日中は到底「裸足ウォーキング」に出かける気にはなりませんな。(鴻巣は暑さで有名な熊谷市の近くなのでやはり大層暑いのだ)


ということで思案して、昨日より夕方に涼みながら歩くことにした・・・毎日のルーティンである「晩方の礼拝」を約1時間繰り上げて、礼拝終了後の18時頃から歩くわけだが、この時間帯ならば公園までの路面も十分に家屋の影が落ちていて裸足でも問題なし。

SBSC0350.jpg


そして礼拝の方は仏間に夕日が差し込む感じになり、暑いのは致し方ないがビジュアル的にはまさしく「遍照金剛」的・「華厳」的な様相となるのもなかなか素敵ざんすよん!!


RIMG0068.jpg

RIMG0069.jpg



さてこのところ立て込んでいた懸案事項が一段落した感じではある。

8月に予定されている出身高校の「学年同窓会」の件は、どうも現状ではいまいち積極的に参加する気分にはならないので(笑)、欠席することにした。


となると必然的に「その前後の小旅行」も無しとなったのだが、先日の記事に書いたように、「第28次インド計画」の出発が久々に成田発となったので、ここ数年の慣例となっていた「関空までの国内移動旅行」も無い・・というわけで、これはいささか寂しいではないか。


特に夏のお伊勢参り・・・昨年は旅程がちょうど海の日が絡んだ連休に当たってしまい境内は大混雑、お気に入りの「赤福氷」にも長蛇の列が並び泣く泣く断念」するという経緯があっただけに、これで今年の夏また「赤福氷」が食べられないのはかなり悔しいわけで(笑)、やはり「出かけたい気分」が優勢!!・・・なので旅程をあれこれ考えてみた。



ということで、今月第2週・・土曜がRANANA ARULの親睦会&TAICHI-KIKAKUのワークショップなのでそれに絡める形で旅程を組むことになった・・・この時期はまだ夏の18キップのシーズン前なのだが「工夫すれば『18切符』でなくとも安く設定できるのではないか?」というわけで、


今回は一昨年初利用した三重交通の夜行高速バス(大宮→伊勢)で、10日20:40に出発して一気に伊勢市まで行く・・ということで、14日前割引の対象となり6800円。

当初は久々に「豊橋泊で伊勢湾フェリー」とも考えたが、この夜行バスなら宿代が浮く感じになるし、伊勢市駅着が11日6時50分なのでそのまま先ず内宮へ向かえば「準・早朝参拝」可能ざんすからね・・今回は伊勢は日帰りなのでこのメリットは大きい。

そして近鉄&名鉄利用で豊川稲荷駅へ・・というのも、JRよりも(18切符よりも)安いのざんすよん・・夜は定宿に投宿。



12日は豊川稲荷参拝後、豊川から藤沢までの普通片道乗車券を買い、途中「天竜川」(母居住施設訪問)・「袋井」(可睡斎参拝)・「清水」(三保の松原へ)・「興津」(泊地)・「三島」(三島大社参拝)・「熱海」(来宮神社参拝)・「小田原」と途中下車していく・・わけだが、これが「有効期間」が18切符と違って複数日にまたがるから「途中泊が可能」なのですな。

・・・というわけで12日はおなじみ「駿河健康ランド」泊、一応ポイントが貯まっていて今回は宿泊無料となる予定だし(笑)。



でこの機会に4月に手相を見てもらったSさんに今回は「数秘術」の鑑定をしてもらおうということで連絡をしたら、13日は午後から小田原のお店の方にいるとのことで「小田原」途中下車となった次第(Sさんが現在住まわれている大磯でもよかったのだが・・)。

でまあ「数秘術」鑑定だけでなく、Sさんがお店をシェアしているパートナーの方が「アルナーチャラ」に大変興味を持っているのでお話をしてくれませんか?とのことで、ラマナ・ミーティングも実施する次第・・こうなると「業務?」ざんすからね(笑)。

それとSさんのお友達が主催している「初心者向けサーフィン講習」の話も聞いてみたいというのもある・・「(中高年)サーファーデビュー!」という昔からの夢への一歩前進になるか?(笑)



そして13日は前回同様に藤沢のカプセル湘南泊、翌14日9時に江ノ島岩屋参拝ですな・・・土曜だし連休初日なので込み合うことだろうが、朝一なら多少はましだろう(笑)。

で11時頃に江ノ島丼を食べて小田急で新宿へ向かい、高田馬場RANANA ARUL親睦会には少々遅参する感じかな?・・・19時開始の劇団のワークショップへ参加して、鴻巣帰還は23時頃かしらん?


・・・という具合に旅程が確定した次第だが、最後まで悩んだのは京都方面、特にあらためて高山寺参拝をどうするか?・・という件だったのだが、どうにも今回の旅程に組み込むのは困難なのでここは断念。

「第28次インド計画」から帰国後の11月の浜松帰省(母の介護保険等級認定調査立ち会い)、もしくは年末のお伊勢参り(注連飾り購入と各お社のお札あらため)の際に何とか旅程に組み込むことにしたい。




というわけで今年も後半に突入ですな・・1月からの雑記を読み返してみたら、

さあ「ガーデン」の写真撮影&紹介記事掲載を開始しよう!!

・・・というのは既にこの頃からの懸案事項なのですなあ(笑)。


この一両日で長らく懸案事項であった第4ゾーン基盤部照明天板&第9ゾーン神殿内壁、および第6ゾーン地下金庫内壁、第7ゾーン神殿外壁の各所リニューアル作業を終了。

そして成長しすぎてバランスが悪くなった第3&7ゾーンの鉢植えを新しい多肉系&観葉系の鉢を購入して交替すると共に、中断したまま放置していた「観覧車オブジェの修理」をようやくクリア・・・かくして遂にガーデンは「完全完成」に達した!!といえるのではないか?


・・という状況なので、今度こそ(本当かよ?)写真撮影&ブログ記事掲載開始に着手したいですなあ!!


RIMG0061.jpg


RIMG0062.jpg

RIMG0063.jpg

RIMG0064_20180702202236cb8.jpg

RIMG0065.jpg

RIMG0066.jpg

RIMG0067.jpg



というわけで写真の方は取りあえず「全体」を撮影した数枚を先行して掲載したざんすよん。

パート別の撮影は順次実施していく・・わけだが、「第28次インド計画」にあたっては、前回同様に一応「全てのアイテム」を戸外に出す第2次「サバイバル」プロセスを実施するのは必至なので、あまり停滞しないように進めたいざんすねえ。


いずれにせよ近日中にアメーバブログ「シリウスの地平」の方に、マハ納戸曼荼羅ガーデンの紹介記事シリーズをスタートする予定ざんす(今度こそ!)。



別窓 | コラム | コメント:0 | トラックバック:0
奉祝!「雌牛ラクシュミー・デー 2018」
2018-06-24 Sun 14:17
関係各位


皆様いかがお過ごしですか?


本日6月24日はタミル暦計算による今年の「ラクシュミー・デー」・・・ラマナと特別な霊的関係で結ばれていた「牛だけど信奉者」・「牛だけど聖者さん」である雌牛ラクシュミーの70回目の命日・涅槃会です(西暦では6月18日)。



・・・ということでこの記念日に合わせましてあれこれのお知らせです。



1・「臨在」サイトのエッセイコーナーに、「余はいかにしてラマナ信奉者となりしか?」その10を掲載しましたので是非ご覧ください。



http://www.geocities.jp/ramana_mahaananda/personal-holder/essay010.htm



2・今年に入ってから各地で「ラマナ・サットサンガ」が開催され始めました。現地発行日本語版NL「SILENCE」の方でも順次紹介されていますが直近では、




・7月17日 所沢サットサンガ


https://suisei77.wixsite.com/hygge-hinata/ivent




・7月27日 秋田サットサンガ


http://sirius02.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=5889137


の開催が予定されています。




3・ナチュラルスピリットから「ラマナ・マハルシの対話」第1巻がこのたびKindle版として発刊されました。


http://www.naturalspirit.co.jp/book/b370776.html




4・私の今年のアルナーチャラ訪問・滞在旅程が下記のように決定しました。



9月6日午前に成田から出発、ラマナアシュラム到着は翌日未明の予定。


今回のアルナーチャラ滞在は約1ヶ月半。


10月22日夕方にアシュラム出発、チェンナイから夜行便で出国してクアラ乗り換えで翌23日にバリ島・デンパサール空港着。


島東部ティルタガンガをメインに約2週間滞在予定。


11月4日 バリ発クアラ乗り換えでマレーシア・ペナン島へ。



11月8日 深夜に羽田空港へ帰国



・・・という具合です。


今回はアシュラムでの滞在が短く外部ホテルでのアウター生活がメインとなりますが、私の滞在期間中に現地においでになる予定の方は宜しくお声掛けください。




では皆様のハートにラマナ=アルナーチャラの比類無き臨在と恩寵が満ちあふれますように!!



OM NAMO BHAGAVATE SRI RAMANAYA,
ARUNACHALA SHIVA !!

OM SHANTI SHANTI SHANTI



シリウス・マハナンダ 鈴木尚志
別窓 | お知らせ | コメント:0 | トラックバック:0
「根拠無き大確信」を生きる!
2018-06-20 Wed 22:17
先日の新幹線のぞみ車中での殺人事件、そして先月の名古屋でのネカフェ殺人事件・・・どちらも平穏な日常生活の中に突如出来した凶事であり、何ら関係のない男性が加害者の凶刃に倒れてしまった痛ましい事件であった。


どちらの犠牲者も事件直前まではまさかそのような事態に自身が直面するとは夢にも思わなかったであろうだけに、ネット上に寄せられた哀悼のコメントに「さぞかし恐怖であっただろう・・」と書かれているものが圧倒的に多い。


大多数の第3者にとってそのように想像するであろうことは無理もないのだが、私の見解としては「少なくとも『戦闘中』にあっては『恐怖』は存在しなかっただろう」と思いたい・・・というのには訳がある。



本日20日は私の人生における大変重要な意味を持つメモリアルデーなのだ・・・・通称「刃傷事件」から本日で満13年となるのである。


つきあいの長い友人・知人の皆様には「何を今更」であるが、この1年間におつきあいが始まった方向けに説明すれば、


>>>>>>>

2005年6月20日午後10時半頃、当時居住していた東京・東中野のアパートの玄関先路上にて、同じアパートの住人で「アルコール依存症」&「被害妄想狂」の男性(60代半ば)に、包丁で襲撃され大立ち回りを演じた挙げ句、


左胸に3カ所傷を負い、一つが肺部深さ5センチ損傷、推定出血4リッター・・一時は生命の危機に瀕する局面もあったらしい。

東京医科大学付属病院の集中治療室に緊急搬送され、輸血と開胸止血手術、及び左掌数カ所切り傷(相手の包丁を握ってしまったので・・笑)で中指の知覚神経一部断裂のため縫合手術・・・結局全治1ヶ月の重傷となった刑事事件ざんす(その後加害者は殺人未遂罪で懲役6年の刑に服した)。


<<<<<


・・・私はこの40年間に医者に行ったのは3回しかないがそのうちの直近の1回がこれであり、以降医者に行ってない&この日以来「完全禁煙」継続中ざんすよん。



写真は本日撮影した「13年後の傷跡」。

S_8142244218494.jpg


S_8142244614711.jpg




いささか醜いというべき様相なので女性ならばどうにかしたいと悩むことだろうが、野郎にとっては特にどうということもないざんすね。

身体内部の感覚はもうほとんど違和感は解消されてしまったのだが、左手中指の知覚異常はあまり回復せず現在に至る・・まあこれは当時の主治医の説明によれば、どうやら「死ぬまでのお付き合い」のようだ(笑)



多くの人がこの事件を「災難でしたねえ」と言ってくれたが、私の心境としてはこれは全く予期しなかった「大死一番」の局面に立たされた契機であり、

「ラマナ=アルナーチャラへのバクティ」という超越的絶対性の「信仰の確信」を得る結果となったわけで、その後の「南無大師遍照金剛」体験と「クール・アーナンダ」体験と並んで、ラマナ=アルナーチャラ・バクタとしての「信仰の確信」の中核となった、とてつもない宗教的僥倖であったのだ。


ここらへんの詳細な解説は、来る24日に「臨在サイト」へ掲載予定のエッセイ「余はいかにしてラマナ信奉者となりしか?」その10の方にあらためて展開する予定なので、関心のある方は是非お読み頂きたいざんす。


http://www.geocities.jp/ramana_mahaananda/personal-holder/essay.htm




で、その「刃傷事件」に絡んだ記事として、「恐れ・不安」とは想念の産物でしかない・・・ということを徹見した(つもり)だが、↓


http://sirius02.blog6.fc2.com/blog-entry-550.html



それでもこの「リアルな幻覚」には、ややもすると巻き込まれがちである・・・というのが現状なのですなあ(笑)。



ところが、今年はこの件に関して面白い展開があって、それは4月に観てもらった「手相」からもたらされたインプレッションなのである。


その手相に関しては既に記事にしたわけのだが、

http://sirius02.blog6.fc2.com/blog-entry-1559.html


一つ詳しく言及しなかった内容があって、それは「私は大丈夫なのだ!」というアフォメーションが思った以上に強力に影響を及ぼしている・・ということである。


結局「不安・恐怖」というものは、それに対応して「物理的・実際的な」防衛対策をどれだけ頑丈に整備できても完全には払拭されないわけだが、それらは究極のところ実体無き「心理的」虚構であるからには、同様になにかしら「心理的なサジェスチョン」というものの方が、結構役に立ったりする・・・ということだろうか?


私自身の中には「不安・恐怖」と拮抗するように、生来の直感的な「根拠無き確信」とでもいうものがやや優勢気味にバランスをとり続けてきたわけだが(でなければ「専業無職」などと嘯いてはいられない)、4月の占いのご託宣の内容というのは、その「根拠無き確信」を更に高めてくれた・・・のですな。


何というか自分独りだけの漠然とした「根拠無き確信」であったものが、手相を読んでもらうという形式を通して、あたかもそれが「真実として証明された」かのような「妙な安心感」が付与された・・・とでも言えばよいのだろうか?



「安心感」と表現するとそれは「安心」当の物それ自体ではない・・のだが、そもそもそれは最初から存在しないのである。

そして「不安・恐怖」というのも実際に我々が苛まれるのは「不安・恐怖」という実体的対象それ自体ではなく(これも存在しない)、あくまでも「不安『感』・恐怖『感』」なのですな。

・・要するにそれらは「感」なのであるから、感じられる対象が「不安・恐怖」から「安心」に置き換わればよいわけざんすね。


今回はそもそも「観てもらった状況」自体が大変好ましいフェイズだったわけだし、「過去のあれこれ」を見事に読み取られたという強力な信頼度の上のでの「ご託宣」であるから(「刃傷事件」も「この時期に何かとてつもなくシビアな体験をされませんでしたか?」と読みとられたのだ)、


手相ほか占いの「ご託宣」とは、ある意味で「御神意の啓示」の一端が、リーディングという営為を通じて顕現されているのだ・・・というように捉えるならば、私の場合の「お気楽脳天気!」な未来予測は、謂わば「神様による『安全保障』・・神様保険・神様年金・神様恩給云々」みたいなものである(笑)。



もちろんだからといって「放蕩三昧」をどんちゃかやり続けても大丈夫!!・・・とはならないのはもちろんである。


この神様による「安全保障」なるものはあくまで「恩寵」なのであって、決してこちらからの働きかけによる「取引」「対価」「契約」ではないのだから(そのようなものに成りよう筈がない)、

既に受けている恩寵そのものを常に意識できるような心身状態であることが最上であり、その恩寵への「返礼」に相応しい生き方・在り方を志向し続けていく・・のが「バクタ」としての筋であろう。



しかしまあそれはそれとして、実際問題としてこの「私は大丈夫なのだ!!」という根拠無き大確信を「リアルに実感・体現」して生きていく!!

・・・これこそが、「お気楽脳天気!!」の肝ざんす。

おお、皆の者よ、こぞって「大日本お気楽脳天気教」を信仰するがよろし!! 私はその教祖であるぞよ、わはははは・・・・・!!



付記 理想は「無責任男」ですなあ!!

「神に明け渡した者」はその後の人生は無責任で生けていける!!・・のざんすよん。





別窓 | コラム | コメント:0 | トラックバック:0
我こそは!!という方があれば・・
2018-06-16 Sat 20:42
さて知らずにいた情報がいくつかあって、

ナチュラルスピリットの「ラマナ関連書籍」Kindle版プロジェクト
の第1弾として、「対話第1巻」が出版された!!・・のは5月13日で、これは宣伝屋としてはいささか特落ちかな?

http://www.naturalspirit.co.jp/book/b370776.html



他2つは「江ノ島の岩屋の公開再開(4月28日)のニュース」と、もう片方は道楽である「美代ちゃん」関係なのだが、話が長くなるので涙を飲んで省略(笑)。



で、一昨日14日は「所沢・ラマナサットサンガ」へ参加してきた・・この会は先月から活動開始したのだが、私は先月は先行して手配してあった三島大社&美保の松原訪問・参拝と重なってしまい参加できず、今回が初参加となった。

https://suisei77.wixsite.com/hygge-hinata/ivent



随分久しぶりに西武新宿線に乗って遊園地西駅までのんびりと移動、集合時間となり主催者の宗閑さん(臨済宗僧侶でもある)が迎えに来て下さり、他の参加者も到着していざ会場へ。


宗閑さん自身が住まわれているシェアハウス(寺に住持している僧侶ではない・・宗派・教団の枠組みを逸脱した感の強い「ぶっ飛んだ坊さん」ですな。普段は新宿で托鉢していて、ヨーガを習ったり教えたりもしているそうだ)の一角で、先ずは参加者それぞれの自己紹介&ラマナへの想いや関心の披瀝からスタート、予想よりも参加者が多くなかなかの賑わいであった。


隣にあるホールに擬せられた部屋にて、「私は誰か?」テキストの一部の読み合わせ&質疑応答、宗閑さんの淀みのない明瞭な回答(ここはさすが臨済宗僧侶の胆力ですな)に加え、瞑想指導のSさん(アルナーチャラ滞在経験者)

http://www.sorakaze.com/


も来られていたので簡潔かつ適切な補足説明もあって、なかなか活発に進行したように感じられた。


その後バガヴァンのお写真を前に瞑想タイム・・・会場の場所柄もあってとても静かな・喜ばしき波動に満ちた、なかなか素敵な感じのセッションだったといえよう。

35356101_2085461778339183_5441742238549803008_n.jpg




最後はDVD「ラマナ・マハルシ アルナーチャラの聖者」日本語版を皆で鑑賞・・これは初見だった方も多く、収録されている映像の解説などは「宣伝・案内屋」である私の出番なわけで(笑)、全体としてそれぞれに適材適所な担当者?を得ての質の高いサットサンガとなった・・のではないか?


個人的にちょっと物足りなさを感じたのは、どうしても「アルナーチャラとしての存在」という視点が希薄・後退してしまう点なのだが、これは致し方ないだろうし、来月下旬に主催者の宗閑さん御自身がアルナーチャラ初訪問・滞在ということで、さて帰国されてからの回にその体験がいかように反映されるのか?・・ということも興味深いところではある。


このサットサンガは今後も月一ペースで定常的に実施していく・・・とのことであるから(次回は7月17日・宗閑さん渡印中の8月は休会)、RANANA ARULでの親睦会(毎月第2土曜)と並んで、関東における「集う機会」として新たなる局面の展開であり、誠に御慶である(あらためて日本ラマナ協会の奮起も促したいのだが・・)。


因みに今回も参加されていたオールド・ディヴォーティでもあるFさんが、8月に故郷秋田でのサットサンガ開催を予定されているので、お近くの方は是非どうぞ!!

http://sirius02.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=5889137


これまで機会あるごとに書いてきたが、ラマナアシュラムというのは確かに宗教団体なのだが、その在り様は「教団スタイル」ではなく、純粋単独な存在である。


35067631_10156328456449631_6275841916978331648_n.jpg


35050840_10156328453554631_4696519280450076672_n.jpg





一般的な宗教団体とは大いに異なり、いわゆる「勧誘的な布教活動」は一切なく信奉者にもその手の義務はないし、組織的な拡大も全く目指していない故に、そもそも「支部」というものは一切存在しないのである。


インド国内各地および海外諸国にも数々の「ラマナ・ケンドラ」を名乗るグループがあるが、これはラマナアシュラムの下部組織として上意下達的ピラミッド型指令体系で管理されているのではなく、

それぞれの主催者の大いなる熱意によって、独自に「勝手に」運営されている・・・だけでなのである(もちろんそれぞれにアシュラムとは「友好関係」を築いている)。


であるから、誰がどのように「ラマナ・サットサンガ」を主宰しても、あるいは「ラマナの名を関するグループ」を立ち上げても全く自由であり、どこからも横槍が入る危惧もない。


それらの活動の宣伝・告知については現地発行日本語版NL「SILENCE」でも開催情報記事を随時募集しているし(ただし発刊ペースが現状2ヶ月に一回のため、確度の高い開催情報が望ましい)、

http://www.geocities.jp/ramana_mahaananda/information/newsletter04.htm


同時に「臨在」サイトの「ラマナ関連情報フォーラム」へ投稿して頂ければ、なにがしか一助となるであろう。

・・こちらはいつでも追記・修正可能であるから、「日時・場所」などの確定は後回しにして、そういう企画を「検討中・進行中」という段階での投稿も構わないざんすからね。


http://sirius02.bbs.fc2.com/


ただし逆にそういうグループに対し「アシュラムが認可する」ことも一切ないので、

もし「うちの活動はアシュラムから認可を受けた」などと宣伝するようなグループがあったとしたら、その内容を大いに疑ってかかるべきであろうし、「参加料金」にしても会場賃貸料のシェア程度のものなら許容範囲であるが、あまりにお高い金額のものはいかがなものか?・・ということにもなる。


蛇足ながら私の管理する「ラマナ・マハルシの臨在」サイトも然り・・全く自由な立場で、単に「大いなるお節介」で勝手に運営している個人サイトなのざんすからね、わはははは・・・・・!!



かくして「我こそは!」と思われる有志がいらっしゃったなら、勇んでそういうグループの立ち上げや「サットサンガ」としての活動を、各地域において実現していただきたく希望する次第ざんす。


別窓 | コラム | コメント:1 | トラックバック:0
「第28次インド計画」旅程確定!!
2018-06-08 Fri 14:11
さて昨日7日はタミル暦計算での今年のラマナ母堂涅槃会(第96回)であった。


http://sirius02.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=5097639



そろそろ「第28次インド計画」の具体的な旅程を検討し、エアチケットの手配に着手したいと考えていたのだが、どうせならこのラマナ母堂涅槃会の日に実施しよう!

ということでエアチケット検索開始、一応のアウトラインとしては

「アルナーチャラには9月メインで1ヶ月半の滞在、その後2年ぶりにバリ島・ティルタガンガへ、最後はペナンから帰国、全体で約2ヶ月。」


であったが、エアチケットのお値段もまずまずな感じでさほど選択肢に迷うこともなくするすると流れに沿って、結局下記のように一気に全旅程が決定したざんす!!

(やはり?今回もエアアジアになってしまったが・・笑)


>>>>>>

9月6日09:15成田空港発、バンコク乗り換えで同日21:35にチェンナイ到着・・・そのままアシュラム・タクシーでティルヴァンナマライへ向かうので、アルナーチャラ着は7日午前1時半頃かな?

今回のアルナーチャラ滞在は約1か月半(私としては短めである)、10月22日23:45チェンナイ発・クアラ乗り換え、翌23日13:25バリへ到着。

ティルタガンガには10日ほど滞在予定で、11月4日08:55バリ発、クアラ乗り換えで16:05ペナン到着。

11月8日11:20ペナン発、クアラ乗り換えで22:30羽田空港へ帰国。


<<<<<<<<


エアチケット総額85199円(託送荷物20キロ・日本発着便のみ機内食オーダー)ざんす。

ラマナアシュラムへの滞在許可申請とインドヴィザ申請はこれからの作業ですな。



ここ数年はインド・チェンナイへはひたすらエアアジア利用なのだが、羽田発だとクアラで約15時間も乗り換え待ちのため、数時間で済む関空発フライトにしていた。

ところが今回検索したら新たに成田発フライトが運航していて、このフライトは「タイ・エアアジア」なのでバンコク(ドンムアン空港)乗り換えなのだが、これだと乗り換え時間が約6時間と短くて済むではないか!

ということでこのフライトに決定。ただし成田発09:15ということは07:15にはチェックインする必要がある・・というのがいささかネックではある。


まあ昨年秋から運航開始した「熊谷~成田」のエアポート・リムジンが鴻巣にも寄っていくので、その始発便にのれば間に合うと判明・・ただし朝4時台となると、上野の定宿のカプセルホテルに前泊した方が楽かな?



かくして今回は「成田発・羽田帰国」となり、これまで恒例だった「前後の国内移動旅行」は無し・・予算的にはありがたいわけだが、一方であちこち訪問できないのはいささか寂しくもある(笑)。



馴染みの静岡・興津の「駿河健康ランド」はポイントが貯まっていて「次回宿泊は無料!」だし、インド行きの前に浜松へ母を訪問しておきたいという気持ちもあるのだが、そこへもってきて8月11日に浜松の出身高校の「卒業40周年記念学年同窓会」を実施する・・という案内が来た。



私はこれまで一度も「同窓会」の類には出たことが無い・・服装の問題もさることながら、「おい、おまえ今何をやってるんだ?」という質問に答えるのがいささか難儀だからねえ(笑)

しかし40周年となると、今回は出てみようかなあ?・・という気持ちもあってさてどうしたものかな?


お盆の最中の土曜日なのですんなり宿が取れるかな?・・という懸念もあるのだが、前述のように「第28次インド計画」では出国&帰国前後での国内移動旅が無いだけに、これを絡めてあちこち出かけてくる(幸い18切符のシーズンだから交通費は安く済む)・・のも一応の検討事項ではありますな。




閑話休題、先日は納戸祭壇整備について紹介しわけだが、こうなってくると、仏間祭壇・玄関祭壇・納戸祭壇をできるだけ「エネルギー的に均等なもの?」としたいということにもなり、次は玄関祭壇をもうちょっとバージョンアップしようかな?・・となるわけで(笑)、


5日に再び豊川稲荷東京別院に参拝してもう一枚御札を頂いてきて玄関祭壇へ安置。


となるとバランス的には「グァダルーぺのマリアさまの絵姿」も欲しいよなあ・・ということでこれまで水晶ペンダントに付けてあった絵姿を転用して祭壇へ。


RIMG0060_2018060814070588c.jpg



水晶ペンダントの方は、かって柳田先生から頂いたラマナのが一つ残っているので、折角だからそれを付けることにした。


RIMG0057.jpg



さらにはここだけ「鳴り物が無い」のもいかがなものか?・・となって、仏間の夕方の礼拝時に使用していた「永平寺のお土産の鈴(同居人が以前永平寺を参拝した折りに買い求めたもの)」を玄関祭壇に移動。

(仏間には朝の礼拝用の鳴り物があるので夕方もそれを使用することにした)。



そしてこうなると「アルナーチャラの石」というのも、玄関祭壇と納戸祭壇にも安置しようではないか!・・・ということにもなるわけで、さっそくこれもお祭りした、幸いにも「在庫」は豊富だからねえ(笑)。


RIMG0056.jpg



RIMG0058.jpg



かくしてこの玄関祭壇もなかなか素敵にバージョンアップされたざんすよん!!


RIMG0053_20180608140700d08.jpg


RIMG0049_20180608140658833.jpg





ところで最近完成した東京・六本木の劇場のこけら落とし公演として、8人の女優による「朗読劇一人芝居」が明日からスタートするそうで、浅田美代子さんも17日と19日に出演とのこと。

ううむ、生で美代子さんを観る機会は希少なだけにどうしたものかな?・・・とこちらも悩ましく検討中なのだ、わはははは・・・・・!!



別窓 | コラム | コメント:2 | トラックバック:0
「さつ」と「ふだ」&「幣」
2018-05-31 Thu 23:02
私は「自己啓発系」の本はあまり読んだりしないのだが、先日たまたま図書館で時間潰しの際にふと手に取った本がなかなか面白かった。


「ここに気づけば、もうお金に困らない」 種市勝覺 (著) ・サンマーク出版


61jvo8pA0pL.jpg



まあ世間によくある「風水系お金管理」のハウトゥ本ではあるのだが、発刊年次も昨年と新しいだけでなく、著者が「密教修行」をしたコンサルタントという点で、「密教的」見地からあれこれ書かれている・・のが面白く結構インプレッションがあったのですなあ。


要約すれば「お金とはエネルギー」である・・ということになるが、「風水」的見地はさておくとして、「お金=エネルギー」ならば、それに相応しい「対峙の在り様」を選択しようではないか?・・・ということざんすね。



「お金=エネルギーの顕現の一様態」というのは、知識としては結構流布されている命題なのだが、それを単に命題として捉えるだけでなく、その命題を具体的な形に現すという意味合いでの「身・口・意」を伴う「行法的実践」の段階・・となるとなかなか簡単ではあるまい(まあおよそ「自己啓発」系書籍は「読むは易し、行うに難し」ざんすからね)。


著者も「紙幣・貨幣」自体は単なる道具だと説明していたが、そこに「エネルギー」が宿って機能する(経済的リアルが付与される)のだ・・・ということは、

「ご神体」と「エネルギーとしての『神』なるもの」と同じように比定されるのではないか?


それならば日常生活において「神様」つきあいに重点を於いている私の場合、「お金」なるものを「エネルギーの顕現」として神札同様に対峙した方が適切なのではないか?

・・・という風に感じたのですな。


そも「札」という言葉は、お金の「お札(さつ)」でもあれば、神仏の「お札(ふだ)」どちらとも読めるわけだし、「紙幣・貨幣」の「幣」は
辞書を引くと、

「幣・ぬさ」・・神に祈るとき、また罪・けがれを祓(はら)うときに神前に供えるもの。

なわけざんすからね。



そのように考えたとき、中でも「財布を置く場所」などにも注意しましょう!・・・という提言があって、


ちょうど時期的に納戸部屋(私の書斎兼寝室、通称「マハ納戸」・・笑)全体の清掃片づけも絡んでいたので、この際設置されている「納戸祭壇」を「財布の置き場所」として再構成する・・のはどうだろうか?

ということを思い至った次第。



実際問題としてこの「納戸祭壇」は昨年の年初に納戸部屋の大リニューアルを施した際に新設したものなのだが、同時に創出された室内曼荼羅ガーデンの飛躍的発展に精力を傾倒した結果、

なんだか「ぼんやり」したままの存在になってしまった・・・ので、この際メイン機能を「財布の置き場所」と位置づけて整備し直し、これまでのお線香だけでなく仏間及び玄関祭壇同様に「お水&ご飯とお灯明」も日々供養し、鈴も鳴らして礼拝しようではないか!!


要するに「神様」への日常的おつきあいと同レベルな営為を、「お金」に対しても実行してみようではないか・・・ということざんすね。



かくしてあれこれ試行錯誤の結果、家主残存家具の新品未使用「おでん鍋」とガーデン第6ゾーン恐竜水槽の上蓋パーツ、及び余っていた木箱類をフル活用してなかなかユニークな感じに仕上がったざんす・・例によってお得意の廃物利用ですな(笑)。

配置的には茶香炉を祭壇基盤となる文机の下に置き、空いたスペースに「線香立て」を置き、中央にあれこれと拝殿風にこしらえその上に財布を置く形となった。


RIMG0039.jpg


RIMG0041.jpg


RIMG0040_20180531225746a3f.jpg


RIMG0042.jpg



文机の引き出し内も雑多なる内容だったのを空けて「線香収納スペース」としたほか、

RIMG0043_20180531225749710.jpg


壁面のラマナアシュラム鎮座のミナクシ&サラスワッティ両女神のお写真を玄関祭壇の「龍神&鳳凰」と交代、同じく玄関祭壇の鴻巣神社の弁天さま人形を納戸祭壇のご祭神として安置。


またガーデン第6地下の「福地蔵の絵」も祭壇壁面へ移動した他、「3種の神器」オブジェを再び第6へ戻し、交替で「無意味」オブジェ一式を祭壇へ設置。


でこの祭壇にもお稲荷さんをご安置したい・・・ということもあり、ふと思いついたのは東京には「豊川稲荷」の別院があるのですな!!


http://toyokawainari-tokyo.jp/



かくして29日の三鷹台ラフターの帰りに赤坂見附まで出て豊川稲荷別院に参拝し御札を頂く。


ついでに百均ショップで「ひまわりの造花」と「金運貯金箱」なるものを購入・・・前者はリニューアルした線香立ての前面が寂しかったのでそのデコレーション用、いささか苦労したが良い感じに仕上がった。

後者は「黄金のとぐろ巻きウンチ」形状なのざんすよ・・ジョーク(金運→金ウン)としても深層心理学的象徴としてもぴったりなわけで、密かに検討中だった「便器オブジェ」よりも更に直裁的ですな(笑)。


もっともアバンギャルドな私でも、さすがに「これを祭壇に置く」のは気が引けるので、「宝くじ保管場所」であるガーデン第6ゾーン地下空間の「金のテトラポッド」を祭壇に置き、こちらを代わりに第6地下へ・・まあこの方が絵になる感じですなあ。


RIMG0045.jpg




そして豊川稲荷の御札を壁面にお祭りして、これで「マハ納戸祭壇」は一応完成ざんす!!

・・・昨夜は移動した茶香炉を実地運用、少々懸念された新スペースの畜熱量問題も特に異常なく運用には差し支えないだろう。


RIMG0044_2018053122575079c.jpg


また朝用のお線香も本日より新しく調達した日本香堂製となったが、まあまあ良い感じではないかな?


調達した湯飲みと燭台も設置して、いよいよ日常礼拝の運用開始!!・・となった次第ざんすよん。



まあ「無為徒食の専業無職」を標榜する私は、決して金運は悪いわけではないのだが、それでもやはり「それにつけても金の欲しさよ!!」である身分なのは言うまでもない。

・・・とはいえ株やら金融商品への投資やらギャンブルやら・・に関しては知識も経験も勝負運も全く無いだけに、それらに手を出そうとは毛頭思わないわけだが、

一応「神様業界」関係者なので、祭壇作ったり礼拝したりはお手の物?・・なわけで、「さほど手間も費用も掛からない」だけでなくリスクもないざんすからね。


これで金回りが更に向上する・・のに寄与するならば大いに万々歳ではないか、わはははは・・・・・!!
別窓 | コラム | コメント:4 | トラックバック:0
集う機会・情報フォーラム再アピール!
2018-05-22 Tue 21:41
話は前後するが東京・高田馬場「RANANA ARUL」での親睦会(毎月第2土曜開催)はなかなか面白かったざんすね・・例によって私は少々お喋りしすぎた感も否めないが(笑)。

http://www.ramana-arul.tokyo/



先日の北越谷サットサンガでもお会いしたMさんもいらっしゃったので、Mさんが主宰される「所沢サットサンガ」に何かしらお役に立てれば・・ということで「臨在サイト」の「ラマナ関連情報フォーラム」への投稿をおすすめしたら早速投稿が来た(次回6月14日の会には私も参加予定)。


http://sirius02.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=5866853


同じく親睦会に来ていた古くからの信奉者であるFさんも、近日独自にサットサンガを計画している・・とのことで、Fさんにも「情報フォーラム」への投稿を促し、こちらも現在反映済み(こちらは用事があって私は不参加)。


http://sirius02.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=5876290



さて、こんな具合に昨今の状況を鑑みると、関東地方では「ラマナ集会」とでもいうものがぽつぽつながら連続して催され始めた感じで誠に御慶ではないか!!


それぞれの会のプログラム内容はさておくとして、「ラマナ信奉者」や「関心を抱いている人」「情報を探している人」などなど・・が、「実際に集まる機会」がこのように活発化していくこと自体に、大いに意義があることだろう・・と思うのですな。



というのも3月に久々に再会を果たした京都のTさんが言っていたのだが、

「あれから(彼は数年前に現地を訪れている)『アルナーチャラ』関係者(体験者)と直接お話ししたのはスズキさんが初めてですよ」

とのこと・・・実際今回の親睦会に来ていた方も、

「周囲に全然ラマナを知ってる人がいないので、こうやっていろいろなお話が聞けたこと自体がとても楽しかった!!」

と言っていた。



そうなのだ・・・結局ラマナ信奉者その他、個人としては日本全国各地域に散在しているはずなのだが、横のつながりもないからそういう人たちが集まる機会が無いのですな(そういう意味合いでも「日本ラマナ協会」に大いに奮起を促したいのだが)。


それだからこそサットサンガとか勉強会という内容以前に、「集う」機会自体(有り体に言ってしまうといわゆる「オフ会」になってしまうが・・笑)が、これから他の地域でも活性化していけば楽しいのだがねえ。



昨今になってこのように各地で「集う機会」がぽつぽつと出来始めたのは、年頭に創刊され配信を開始した現地発行日本語版NL「SILENCE」が、各地でのサットサンガを奨励・告知してくれる・・ことが大きな推進力になったわけだが、

http://www.geocities.jp/ramana_mahaananda/information/newsletter04.htm


さてそうなると私の管理する「臨在サイト」の「ラマナ関連情報フォーラム」も、その存在と機能を再アピールしようではないか!

・・・ということで、あらためて各方面からの投稿の奨励を各コミュで再告知するために今回の記事となった次第である。

http://sirius02.bbs.fc2.com/


この「ラマナ関連情報フォーラム」は掲示板形式なので、「臨在」サイト本体ファイルでは即時的な反映が難しい「同じテーマの累積的情報」の更新の場となっているわけだが(同じ情報は「ミクシィのラマナコミュ」やFacebookでも発信している)、

本来は「ラマナ関連」の諸情報をサイト管理人である私からの発信だけでなく、関係各位皆様からの幅広い情報提供を集約して公開しよう!!

・・・という目的で立ち上げたのだが、いかんせん全くその機能は果たされていない(笑)。


そんなわけなので例えば、「うちでも『ラマナ・サットサンガ』やります!!」というような場合には、是非ともご投稿をお願いしたい次第。


現地発行日本語版NL「SILENCE」の方は隔月配信なので、即時の反映という点では「ラマナ関連情報フォーラム」の方が有効であるし、カウンターの数値をみる限りでは閲覧数もそこそこあるようなので、それなりにお役立ちするのではないだろうか?


詳細はあらためて「ガイダンス&注意事項」をお読み頂きたい。

http://www.geocities.jp/ramana_mahaananda/toukou.html




閑話休題

このところようやく「懸案事項」消化スケジュール?にも余裕が生じてきたので(無為徒食の「専業無職」でもそれなりに用事がたてこんで忙しいこともあるのだ・・笑)、久々に鴻巣図書館の「新着本コーナー」を検分したら今年4月と5月に刊行されたばかりの面白そうな書籍2冊を発見、


「神道入門ー民間伝承学から日本文化を読む」新谷尚紀著、及び「『かたり』の日本思想 さとりとわらいの力学」 出岡宏著

32834957_949912411852407_195252778099015680_n.jpg


32821400_949912541852394_7395114848197017600_n.jpg


32895663_949912615185720_3883635606592421888_n.jpg






を早速借り出しただけでなく、今月のテーマ展示コーナーでは「旅」がテーマであり、そこに展示されていた「うつくしい列島 地理学的名所紀行」池澤夏樹著 が面白そうなのでこれも借りだし。

32941458_949912675185714_1296108597494677504_n.jpg




私は普段あまり文学作品は読まないのだが、池澤夏樹氏は好きな作家の一人なのざんすよ・・・いずれまた池澤氏の著作の未読のものを読んでみたいですな。
 
ついでに、


CD「バッハ フランス組曲全曲」 アシュケナージ演奏(2016・17年録音)

DVD「森林浴 サラウンド」

も借りだし・・・いやあ、図書館ほど無料であれこれ楽しめる場所はないざんすねえ!、「無為徒食の専業無職」の身分には持ってこいの「知的娯楽の天堂」なのだ!!(笑)。



そして最大の娯楽といえばもちろん「美代ちゃん」グッズ・・・先日久々に浅草マルベル堂に立ち寄り、ブロマイド3枚購入(1枚324円税込み)。

32850712_949913798518935_1216279298789343232_o.jpg




さらに現在ヤフオクで下記他3点入札中、どれか一つでも落札できれば嬉しいですなあ!!

https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/e277314811?iref=wbr_4


しかし「美代ちゃん」ファンが集う会・・なんてのはどこかにないのかしらん? わはははは・・・・・!!


別窓 | コラム | コメント:2 | トラックバック:0
「羨望」は案外お互い様かも?
2018-05-20 Sun 17:25
さて先週の日曜にようやく懸案事項であった「伝記」解説ファイルの掲載・公開にこぎつけたわけであるが、

http://www.geocities.jp/ramana_mahaananda/information/ramana-denki.htm


基本的にラマナ関連書籍にあって「ラマナの教え」をメインとしているものは、当然ながらその「非二元論」や「ジュニャーナ・ヨーガ」の内容が豊饒に展開されているわけであり、

「私は誰か?」という真我探求・・・霊性の道の王道でもあるその命題に対して、インド哲学や宗教が展開する「論理整合的」&「学究的」アプローチに己の実存をかけて挑む「求道者・修行者」にとっては、それらはとてつもなく魅力的な地平として対峙する書籍群である。


しかしながらサンスクリットによるインド哲学専門用語がふんだんに登場してくる・・ことにもなり、いささか晦渋な趣も呈することになりがちではある。

とりわけ私のように「浅学非才」で「修行者」とは言い難い怠け者には、実は「夢中になって読める」様な本ではなかったりもする・・わけで、「こんなの難しすぎてわけが分からん」・・・というのが本音だったりもするわけざんすよ(笑)。


ところがこの「ラマナ・マハルシの伝記 賢者の奇跡」は、翻訳された福間巌氏の「訳者あとがき」の中での言葉にあるように、

>>>>>

数多くの帰依者にとって、マハルシの生き方はそれ自体が言葉を越えた純粋な教えだった。

彼の眼差し、彼の沈黙、彼の微笑み、彼の愛、言葉で表された教えだけではつかみきれないマハルシから放たれる真我の輝きを、著者アーサーの繊
細な文章の背後に感じ取って頂ければ幸いである。

<<<<<


というわけで、文面から溢れ出るように迫ってくる著者の熱気・・・それは「至純なるバクティ」がもたらす熱いエネルギーであり、とりわけ最後の方の章で、入滅以降~現在にあってもラマナは「肉体なきグル」として臨在されているのだ・・・ということが感動的に描かれていて、

そこに容易に賛同・感情移入できる「信奉者」にとっては、まさに我が意を得たり!!となる・・のである。



ところで、福間さんのこの本に関するエピソードとしては、

「私が19歳だった79年にブッダガヤの仏教寺院に滞在中、この書籍の原著を読んだ・・のが、最初のラマナ書籍でした」

とコメントを寄せてくれたわけだが、


ひょええ・・私は福間さんとは1つ違い(学年は同じ)なわけで、79年といえば私は海上自衛隊初年度だもんなあ・・・そのころ既にインドに行って(大学1年の学生旅行ということかな?)、英語書籍でラマナを知った・・というのは、ちょっとかなわない貫禄というか、羨ましいというかいささか複雑な思いなのであった。



更には関わりの深い劇団である「TAICHI-KIKAKU」の初海外公演が30年前で、

http://taichi-kikaku.com/TAICHI-KIKAKU_huo_dong/koremadeno_huo_dong.html


私が「自主制作ビデオ作品」制作などの、「自己満足的・井の中の蛙的」な活動に終始していた時代に、既にオーハシさんたちはそのような画期的な活動を始めていた・・わけで、

その辺りも同じように「それに比べると自分は・・」という、どうにも「忸怩たる劣等的心境」に落ち込んだりもするのですなあ(笑)。



でそんなことをつらつら思いながら、久々にTAICHI-KIKAKUが主宰する「身体詩&ソウルハンドダンス・ワークショップ」へ参加。


前述のように、演劇人としてのオーハシさん(4歳上)そしてヨシダさん(同い年)のような存在&活躍ぶりは、「挫折した演劇青年」の私からすれば「あんな風になりたかったなあ・・」という羨望の対象なのだが、


一方でそのご両人だけでなく少なからぬ方々が、

逆にこの私の無為徒食なる「専業無職」にして、こんな具合に「お気楽脳天気!」に生きている(いられる)という「特殊なあり方・人生模様」を、

「(憧れとまでは言えないまでも)いささか『羨ましく』感じている」

・・・のだそうな。


かくして案外「羨望」はお互い様、なのかもしれないざんすねえ(福間さんも私のことを「幸せな人生ですね」と言っていたような覚えがあるし・・)



さて肝心のワークショップでのインプレッションとしては、

あらためて現在取り組んでいる「Kegon プロジェクト」における「身体奏法」・・・身体からの・身体へのアプローチによる、

「祝福せし踊る(躍る)道化」というキャラクター・ヴィジョン

のよりビビッドな再認識、とでもいうところだろうか?


それでふっと去来したのは「体現」という言葉で、

「体を現す」

・・「ある理念的な対象を、五感で捉えうる『客体』として現す」

と同時に、

「体で現す」

・・「ある理念的な対象を、『身体』という道具・チャンネルを通じて現す」


というようにも読み解けるよなあ・・・なのざんすねえ。


そしてまた今現在は「内側に向かう」ベクトルが支配的な状況・状態であるにしても、やはり「外側へ向かって表現・体現する」ことへの希求は、常に深層領域で律動している・・・わけで、ここら辺が私自身がイマイチ「非二元論」に完全には与し得ない?理由でもあるだろう。


むしろ「陰陽の太極的二元論」的なパラダイムの方が心情的にフィットする感じなのだよなあ・・・もっとも誤解を恐れずに言えば「真我=太極」なので、これはインド哲学と老荘思想の「表現の違い」なのであって、陰陽という2元が根本なのではない・・陰陽は「表出されてくるもの」ざんすからね。



そういう意味ではこの「身体的アプローチ」への取り組みということも、そろそろ本腰を入れなければ・・・というのは毎度の繰り返しなのだが(笑)、何となく「ううむ、これが第28次インド計画終了後のメイン展開かな?・・」という想いが頭をよぎったざんす。



そして先日訪問してきた三保の松原の「羽衣伝説」から展開されている「舞踊」というフェイズのインプレッションは、どうしても「至福のお神楽」へのアプローチへと直結してくるし、

富士山は見えなかったものの、ビーチの風景はテトラポッドの埋もれ具合などが結構シュールなアート的感興をもたらしてくれた。


加えて再訪した三島&三島大社の地質学特性は、「バリ島・ティルタガンガを想起せしむる」に十分な感慨だけに、こうなってくるとなんだか「第28次インド計画」では「インドの後でティルタガンガへ・・!」ということを前向きに検討したくなったざんす。

・・具体的には一昨年の「第26次インド計画」の旅程におおよそ準ずる格好になりそうな感じかな。



先日観てもらった手相のご託宣では、

「今現在取り組んでいることは、59歳の頃(2年後ですな)に成就する(形になる・体現する)」

ということだけに、何かこう取り組むモチベーションを惹起させるだけのインパクトのある突破口?を発見したい・・ものなのだが、それを具体的に試行錯誤するには、かって私の「トレーニング・キャンプ」地?だったティルタガンガは持ってこいの場所ざんすからねえ、わはははは・・・・・!!



(となると昨年噴火した「アグン山の現状はいかに?」もリサーチする必要もある・・最近はハワイも噴火したし、太平洋地域の火山活動が活発化してきてますなあ・・富士山もあるいはそろそろかも?)
別窓 | コラム | コメント:0 | トラックバック:0
| 閑話休題~お気楽脳天気な長広舌 | NEXT