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母の入院(その1)
2012-05-17 Thu 21:28
私はメールのやり取りはかなり好きな方だが電話の方はあんまりやらない・・・ご存知のように話し出したら止まらないタイプなので長電話必至・・相手もそういうタイプだった日には目も当てられない(笑)、そんなわけで日常的に電話のやり取りはあんまりしていない。 


かくして私に電話がかかって来るというとき、相手はごく限られている・・月曜の午前10時半ごろ携帯のベルが鳴ったときも当然頭の中では「多分○○さんからだろう」と思って着信表示をみると、なんと「母が入居している施設の事務室」からではないか!


そこから電話が来る・・・ということはもうこれは確実に母の身の上に何事か異変が発生した以外に考えがたい、案の定「腰の痛みがひどくなって入院する事になった」との内容である。


施設入居の際の取り決めで、そういう事態の場合先ずは同じ浜松市内に住む叔母のところに連絡が行き、初動対応してもらうことになっているので、今回も叔母夫妻が車で来てくれてあれこれ準備する余裕があっての入院となった・・・10年前に脳梗塞で入院した際は、かかりつけの医者に連れて行ったらそこから救急車を呼んでの搬送になって事後処理がバタバタしたし、私自身も来月で7年になる事件の際も現場からそのまま搬送され、一人暮らしだっただけに結構大変だった・・・のに比べれば、実際にはかなり余裕があってそんなに慌てる必要は無かった


・・・のではあるが、叔母夫妻というのは「携帯電話持ってない人たち」であるから、その時点では「情報が全く入らない」状況なので、さあてどうしたものか?としばし逡巡したが、やはり直ぐに出かけることにした。

まあ意識不明の危篤状態とかじゃないから「非常事態」ではないが、それなりに「緊急事態」であるから、久々に新幹線で浜松へ(普段は高速バスか18切符だからね)、病院は駅から近い地域なので(叔母や私が今後行き来
便利な病院を施設の方で選択してくれたそうだ)、を受けてから5時間半後の午後4時ごろに現地到着。

ドクターと話をしたのは翌日であるが、病状は「腰椎圧迫骨折」高齢女性に発症することが結構多いらしい(母は先月79歳になった)・・・実際3月に母を訪ねた際にもにも既にそれは判明していて、掛かりつけの医者に通院していたのだが、ゴールデンウィークの辺りから痛みがひどくなって来ていたとのこと。

何といっても田舎の百姓家の娘だし、戦争中にはグラマン艦載機の機銃掃射に狙われたけど助かった・・という人なのでかなり我慢強いのは良いのだが、「痛いのや苦しい」のまで我慢しちゃうのだよなあ・・私のところには何も連絡してこなかった(昨年の5月下旬に転倒して右腕骨折した際も、こちらから別件で連絡を取った時初めて解ったし)。


結局手術とかの治療ではなくて、当面安静にしている間に「コルセット」を製作し、それが出来てきたら(来週火曜日とのこと)装着して歩行訓練のリハビリをやっていく・・・という流れのようだ、もっとも安静にしているだけでは脚の筋力が落ちてしまうので、ベッド上で筋力維持のリハビリを実施している。

で、経過がよければ月末か、あるいはもう少しリハビリの要ありならば来月をまたいで・・・ということで2~3週間で退院する見込みとのこと。

一方施設の方ともあれこれ話し合いをしたのだが、やはりこれまで同じようなケースがたびたびあったようで、そこから鑑みるに「まあ9割5分方はそのままここに居住できるでしょう」とのことである・・この施設はケアハウス(軽費老人ホーム)なので介護職員がいるわけではなく、基本的に「日常生活を自立して営める」ことが入居条件なのであり、一定限度以上の常駐介護を要したり「寝たきり」になってしまったら退去しなくてはらない(同じ敷地内に「特別擁護施設があるからそこへ移るのだろう・・それも順番待ちだろうけど)。


状況によっては「そういうオプションも想定していた」ので先ずはほっとした・・というのが素直な感想である。

ただし全く以前と同様の生活というのはまた発症しかねないので、介護保険を申請して週1回ヘルパーさんに来てもらって「掃除・洗濯」をやってもらう等の「最低必要限のヘルプを実施」しましょう・・ということで、介護保険申請の手続きをすることとなった(これは施設の方で進めてくれるとの事)。


それからこれはドクターも懸念していたが、「今後はベッドで寝起きした方が良い」という意見に従って、居室にベッドを設置することにした・・やはり高齢になってからの「布団の上げ下げ」も結構腰に負担がかかっていたのでは?・・という説もうなづけるしね。

実は施設の方に先日退去した人が残していった組み立て式ベッドが保管されていて、母に「これをつかったらどうだ?」と以前から提案していたそうな・・・というわけでありがたく使わせてもらうことにした。


・・・・というわけで例によって(笑)次回に続く
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有機農場ボランティア募集のお知らせ
2012-05-12 Sat 21:54
ある知人から、茨城の有機農場でボランティアを募集している旨のメールが届いたので紹介するざんす、興味のある方は是非どうぞ。


・・・因みに私は死んだ婆様(百姓一筋75年)に、「お前に百姓は出来ん!!」と大喝を喰らった経緯があるので↓

http://sirius02.blog6.fc2.com/blog-entry-288.html


百姓仕事に積極的にはなれないが、最近のように仕事もせずぼんやり無為徒食してるくらいなら、案外面白いのかも?・・と思ったりもするのは事実。



>>>>>>>

今夏、ぜひみなさんにお知らせしたいことがあります。
茨城県行方市にある、POD要ファームという有機農場にて、ボランティアを募集しています。ご存知原発事故に伴う風評被害のため、色々と苦しい思いをしており、農場長をはじめとする農家の方々は、働き手の不足に悩んでいます。
(今夏に限らず、本日から数年先までの募集をしています)

農場には最大で15人泊まれます。個室も大部屋も選べます。
3日以上可能な方、ぜひ農業の景気付けにも、そして、農業を通しての体験としてでも、ぜひ参加者を募集しています。
ちなみに、カナダ人の学生も数人来るようで、普段の生活とは一味違った、『人と人とのつながり』や『自分の新たな感覚』など感じることができる、いい空間になるだろうと思っております。




以下、早川健治(代表)より、詳細です。


さっそくですが、今夏の予定はお決まりですか? もし、3日以上の余暇がある場合、ぜひ提案したいことがあります。茨城県行方市にある、POD要ファームという農場があります。ご存知原発事故に伴う風評被害のため、色々と苦しい思いをしており、農場長をはじめとする農家の方々は、働き手の不足に悩んでいます。農場自体は安全であり、作物も安全です。PODは有機農業のみの農場であり、糖尿病患者のためのお菓子作りの工場や、三鷹の森ジブリ美術館への出荷も行っています。農場長は宮崎駿さんとも面識があり、ジブリ美術館のカフェで新メニューがでる度に試食会に招待されるそうです。そんな要ファームに、ぜひ働きに来ませんか?


考えてみようか、と思う方のために、以下が詳細です:
宿泊施設完備・化粧造りの屋敷と、「はなれ」の二箇所で、合計15人まで泊まれます。(個室あり)
カナダから数名の学生が来ます(早川が通訳を務めます。)
ボランティアなため、賃金はありません。
期間は問いません。(本日からの参加でも、非常にありがたいです。)
経験・資格は特に必要ナシ。
米・味噌・野菜・果物は、収穫したものを自由に食べます。
水は井戸水があります。
肉・魚・乳製品などは自腹です。
その他、食料に関しては、しょっちゅう差し入れがあります(苺、初物のわかさぎ、メロンなど)
足袋を買う必要があります。
作業のほとんどは、収穫・植え付け・除草のいずれかです。他に、水田の管理や合鴨の管理もあり ます。
働く日数や時間に関しては、自分のペースで自由にできます。
念のため、一週間当たり2万円ほど、予備のお金を持ってくることを薦めます。
基本的に、農場で働く磯山さん一家の方々は、お手伝いとして来てくれる方々を大歓迎します。


もし参加希望の場合は、メッセージかコメントにて早川健治に連絡してください。(今夏に限らず、『本日!』から『数年先!』までの募集です)
ちなみに、僕は7月1日から8月末まで農場に滞在する予定です。カナダからの学生は、基本的に僕と同時期に滞在します。もし日本からも来られる人がいれば、かれらにとっても嬉しいことです。それでは、読んでいただいてありがとうございます。連絡、楽しみにしていますね!
農場長いわく、「来るものは拒まず」だそうです。なので、例えば到着日の前日に連絡をいただいてもOKです。




要農場からの収穫物の線量は次のサイトで確認できます: https://www.e-pod.jp/nukecheck.html農場の空気と地下水からは、放射性物質は検出されていません。

どうぞ宜しくお願いします。質問等もお待ちしております。
FACEBOOK(詳細):http://www.facebook.com/note.php?note_id=378427312185495
早川健治:bartiebotts@hotmail.com

SKYPE:kenjiincanada
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その袋には何が入っているか?
2012-04-30 Mon 22:43
さて一応前々回の続きとなるが、内容としては大変関連が深いので28日に参加した「アプライド・ドラマ・ワークショップ」のことから・・・・

アプライド・ドラマ・ワークショップとは?↓

http://blog.livedoor.jp/taichikikaku/archives/51867404.html

このワークショップに参加するのは今回で3回目、参加者は30人を超える盛況ぶりで、これまで以上に熱気に満ちた楽しい時間だった。

毎度の事ながらこのワークショップは、その時々で自分が直面している状況をドラマを演じていくうちに、明確な選択対象として浮かび上がらせてくる・・というのが大変面白い。

因みに過去の参加の際の記録↓

http://sirius02.blog6.fc2.com/blog-entry-776.html#more (2011年)

http://sirius02.blog6.fc2.com/blog-entry-715.html#more  (2010年)


さて今回中心となるドラマのテキストは、昨年同様日本神話から「ヤマトタケル」の物語であった。

何故か父親から疎まれている皇子が、試練の旅に出立・・・戦場について父帝からの手紙を開封すると「同族たちと戦ってこれを殲滅せよ」という非常の命令。

それを為しえて国に帰還すると、父帝は「戦場で死んでしまうであろう」という期待に反して帰還した皇子を見て、更に過酷な次の戦(一騎当千の兵100人と一人で対決せよ!)への出陣を命ずる。

どれだけ頑張っても父帝から自分を承認して貰えない皇子は、よき理解者である伯母(都から離れた神社に住んでいる)を訪問し悩みを打ち明ける。


・・・・なんだかここら辺は展開次第では「バガヴァッド・ギータ」のアルジュナの苦悩にもなりそうではある、と思ったのはもちろん私が「バクティ・ヨーギ」であるからそういう方向に思考が働くのであって、参加者全員にそういうシノプシスが提示されるわけではない。


さてさてドラマとしては、この伯母は彼に「先祖伝来の剣」ともう一つの「何かが入っている袋」を与え、彼を送り出す。再び戦場に到着した彼は早速袋の中のものを取り出すと・・・・・

最終的に参加者に提出された選択とは、

「もしあなたがこの皇子だとしたら、その袋には何が入っていて、それを使っていかなる行動に出るか?」


今回は参加人数が多かったので個人ではなく、4人づつのグループで意見を集約して発表することになって、全部で8つのグループがそれぞれの物語を完結させたのだが、それぞれが「ほほう・・・」と唸るような、あるいは奇想天外な結末を創り出してきて、

現実世界にあっても、問題に取り組むアプローチというのは決して唯一のものではなく「多様な価値観」のリアリティのもとに選択可能なのだ・・ということを想起させる。


で、私がいたグループでは立場的に私がグループリーダー的な役割であったので、基本線として私自身のイメージした物語完結篇を発表する事になった・・・ので、ここは当然私自身の資質が前面に押し出される内容である(笑)
 
話が少し戻るが、「あなたがこの伯母であったとしたら、この皇子にどのようなアドヴァイスをするか?」

というクエスチョンが先にあって、この時に私が考えたものは(周囲にいた人たちとディスカッションしたが、全体には発表する時間がなかった)、

「神社に住むからにはこの伯母は世俗の人ではない・・皇子の身分を捨て、王権ではなくダルマの道をいくことを勧める」


・・・・というものだった、まあいかにも私らしい発想であろう(笑)

というわけなので、伯母が渡してくれた袋の中に入っていたものは「水晶玉」・・・グループで話をまとめていく過程では「聖書」とか「仏像」とかもあったのだが、特定の宗教ではなく「聖なるもの」を象徴するアイテム、ということでそうなった。
 
先祖伝来の剣はいうまでもなく「武力・権力・覇権の道」を象徴するのだが、水晶玉はそれとは異なる「オルタナティヴな価値観」を現していることは説明するまでもあるまい。



人類の歴史は誠に残念ながら、「武力・権力・覇権の道」を巡る戦いの繰り返しである・・未だにそれから脱却できないし、この道の勝者は常に「次に来る者」によって滅ぼされるという無限循環なのだ。


私自身はいわゆる「アセンション」なる観念に対しては大変冷徹なまでに懐疑的であるのだが、そんな大げさなものではなく「魂の内側(存在なるもの)における絶対的平安」という境地を確立していくこと・・・を最優先とする立場にある。


それはジュニャーナでありバクティである。

「シリウス」は叡智の炎の象徴であり、「マハナンダ」は大いなる至福、すなわち神の恩寵を現している。


シリウス・マハナンダという名前を持つ者はそういう道を歩く・・・ことになっているらしい、わははははは・・!!!


まだまだ続く予定
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「静かなる熱きバクティ」
2012-04-25 Wed 23:24
ええと、これは前回の続きではなく別件の日記(完全に無関係というわけではないが)。


今朝方見た夢にはラマナが登場した・・・ごくごく稀な事だがそういう夢を見る事がある。

まあそれは彼に対するバクティ・ヨーギである私の信奉心がもたらす深層心理上のイメージなのであって、決して何かお告げだの、何かを仮託されただのという霊能力上のものでないことだけは断言できる。

私は「霊性の道」を歩むものの端くれではあるのだが、いわゆる「超常的現象」については個人的には冷徹に懐疑的なスタンスを取る者である(知人達には「霊能力」を有する方も少なくないが、それらの方々にとっての「リアリティ」を否定するわけではない)。


私は「ブッダに遇ったらブッダを殺せ」という臨済義玄の大喝言の方にリアリティをおくという事なのだ。

ではあるが、一体ラマナのお姿というイメージによって、果たして私の深層心理の中で何事が機能しているのかな?・・・とあれこれ考えてみるのは無意味ではないし、「夢見」自体のリアリティというのはこれはこれで興味深いものだ。


というのは、これまでに何度かラマナが登場してくる夢を見たし、ある時はその中で彼が私にかけてくれた言葉すらある(日本語で!・・爆)わけだが、面白い事にそういうシーンに対して「畏敬の念」を抱くのは、目が覚めてからなのであって、

夢の中でラマナと対峙している最中には、

「ああ、バガヴァンがいらっしゃるなあ・・・」という感じで、特に感動したり畏まったりとかするわけでもなく、実に淡々とラマナと関わっているのですなあ、あははははは・・・!!!


今回は彼の背中をタオルで拭いて差し上げる・・・というものだった。

後になって考えてみると、現存するラマナのお写真というのは「後姿を撮影したもの」なんて見た事が無いような気がする・・・それはまあ常識的にそういうものだろう、スナップ写真的なカットのものもあるのだが、大半は記念写真だし、そうでなくとも撮影者にしてみればご尊顔を撮りたいに決まっている。

まして彼の場合、「沈黙の中でその瞳に見つめられる」ことが文字通り「グルの一瞥」としてのイにシェーションであっただけに、殆どの写真で彼は(多分意識的に)「カメラ目線」で写っている事が多い。

まあそれだけに、アシュラムではそこら中にラマナの大きな写真が掲げられていて、物理的にも「彼のまなざし」を嫌でも感じられるようになっているのですなあ・・・我が家も似たようなものざんすけどね(笑)


先週の水曜日(18日)は久々にラマナ・ミーティングを実施した。

ちょうどこの日はタミル暦計算による「第62回ラマナ命日法要」に当たっていたので、ミーティング後半は午後8時47分というラマナの入滅時間に向かって、「アクシャラ・マナ・マリ(ラマナが書いたアルナーチャラ賛歌のタミル語の詩・・アシュラムのテーマ音楽的存在の歌である)」をBGMに流しながら、瞑想というか黙想セッション。

実際入滅にあたっては、参集した信奉者たちのこの歌の大合唱の中で彼はその肉体を脱ぎ捨て、アルナーチャラそれ自身へと「一体化?」された・・・と伝えられている。


もっともこの時間はインド時間なのであって、日本時間では明けて翌日午前0時17分になるのだし、そもそも西暦では14日であるからして、この日のセッションは「あくまで気分的なもの」に過ぎない(笑)


そもそも私主宰の「ラマナ・ミーティング」というのは、あれこれの情報提供の場(諸般の事情でウェブ上では公開出来ない内容などもある)というのがメインであり、

これに参加したところで「何か特別の技術が学べる」とか、「特別なイ二シェーションを授かる」とかの効能は一切無いざんす・・・あるのは私の御馴染みの「長広舌」だけなのだ(爆)


ラマナ信奉者というのは殆どの場合、大変静かな方というか真面目に自身の内側に意識を集中していらっしゃるというのか、「あんまり大げさに外に向かって表現される」ということが少ないように感じられる(私は例外中の大例外ざんすよん!!・・笑)。

だが、皆様その内側には「熱いバクティ」を秘めていらっしゃるわけで、例えば先日問い合わせがあった方などは「13年越しの想いが叶ってアルナーチャラを訪ねる事になりました」との事・・・この方は18日に現地に到着されたはずだが、前述のようにこの日は命日法要の当日、

しかしそれを狙って出かけたのではなく、たまたま初アルナーチャラがこの日になったのだが、この事実をお知らせしたら大層喜ばれたようで、それはよくよく共感できるざんすねえ・・・こういう時に信奉者は「これはラマナのお導きである」ことを確信できるのだ!!


そしてまたこの夏にご案内する予定になっている方も、7年前に書店にてラマナ関連書籍である「あるがままに」に偶然邂逅し、それ以来「人生が180度変ってしまった」との事・・・このたび時を得たので「ただラマナ・アシュラムに行ってみたい一心で」・・・ということで私に連絡を下さったわけなのだが、

何度かやり取りして私がとても感銘を受けたのは、


「アシュラムへの滞在時間はたった10分でもよい・・・何故なら私はシュリー・ラマナの墓前でただ一言御礼を申し上げたいだけです」

・・・というこの方の言葉である。


もちろん実際には1週間~10日位の滞在期間となる予定だが、このような表現で信奉心を吐露された方は初めてで、多年に渡りだらだらと「食って寝て歩く」だけの無為徒食的滞在を繰り返しているだけの私は、思わず襟を正さずにはいられなかったほどの、

「静かなる熱きバクティ」


ではないか!!

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「世界を多重的視点で見る」
2012-04-24 Tue 16:10
やあ、今日は久々の快晴となり鴻巣の予想最高気温は25℃とほとんど初夏の陽気ざんすんよ、南方体質?の私としてはやはりこうでなくっちゃあいけねえ!!・・・くずぶっていた気分も吹っ飛んで大いに旅心を刺激されてしまうお天気だねえ。


さて、前回の話の続きである。


「ぶらぶらしながら自分の好きな勉強をし続けていく人生」


先生にそのように言われた当時には、その意味を充分解っていたわけではない。

だが20歳位の年齢ならば、何かしら冒険的な将来ヴィジョンを抱くのは特に際立った人生の選択肢とは言えないだろう。


・・・しかし昨今の青少年たちの状況は随分様相が異なる模様である。現代日本社会はおよそ「平凡に全うに生きていく」こと自体が困難な、閉塞した袋小路に迷い込んでしまったかのようだ。


昔からの慣用句に、「寄らば大樹の陰」というのがある。意味は今更説明に及ぶまでもあるまい。そしてどちらかといえば私はこの言い回しは嫌いな方だ。

これは考えようによっては日本人の資質である「和の重視」というのにも大変親密的であろう・・・要するに「何をもって『大樹』とするのか?」ということを、個人の実存的契機から出発するのではなく、「多数派が従属しているモデル」に安易に、無自覚的に取り込んでしまう・・という資質である。


これは善悪の問題ではない・・・ただ置かれている状況によっては「不適切な場合」もあるということ。


日本社会が(あるいは先進諸国的近代市民社会が)これまで「大樹」であるとしてきたシステムというか生き方・・・

さあて、果たして今現在でもそれは頼るに足るものなのだろうか?


既に120年以上も前にそれに意義を呈した人物がご存知のニーチェざんすね。

「神は死んだ」・・・かのあまりにも有名すぎるテーゼである。

私がニーチェに魅せられるようになったのは高校生の頃であるが、この「神は死んだ」というテーゼは、概念としては理解できてもそれをリアルに実感することは出来なかった。

・・・今ではこれがものすごくリアルにわかる。


ニーチェの言説上では「キリスト教」なるものの「神」の支配を指しているが、いやいやどっこいそうである必要はない、非クリスチャンである日本人にしてみれば、まさに現代こそは

これまで「寄らば大樹の陰」として、この陰の中に入ることさえできれば安全安泰な人生が保証される・・・と思い込んできた「大樹」が、

実はもうぼろぼろに空ろになってしまって今にも倒れてしまいかねないほど疲弊したもの・・・になってしまったのではないだろうか?


まあ、老い先短いじじばばや、今さら冒険というギャンブルに手を出せない中高年世代ならば、最後までこの老木と運命を共にするのも人生である。

しかし若者たちは?・・・・

教育現場の最前線にいた先生のお話によれば、彼らもまた冒険というギャンブルを回避する傾向が強いのだそうだ。

途方もない夢を抱こうにも「想像力」が弱体化しているのではないだろうか?


もちろん私は悲観してばかりいるのではない、幸いにして私の知人・友人である若者たちはまだまだ「自分を信じる甲斐性?」がある、いささか無鉄砲な面があるにしても、そういうのは「若気の至りという未熟さ」なのであって、

それをあげつらったら、「角を矯めて牛を殺す」の愚行になってしまうではないか!!

もっとも残念ながら公的学校教育それ自体が、「角を矯める」為の働きしか出来ないような状況らしいからねえ・・・その理由は簡単で早い話、「ほとんどの教員・管理者自体がそういうような教育を受けてきた」から(笑)


わが親愛なる若い友人たちは大別すると、「演劇仲間」か「10代の頃からインターナショナルな環境を体験した人」になるのだが、どちらにも共通することとして、

「世界を多重的視点で見る」ことが出来る・・・ということであろう。あるいは彼らにとっては「リアリティ」なるものは「多数派によって定義されたスタンダートなもの」だけではなく多重に(あるいは無限に)ある、ことを感覚的にわかっているともいえよう。


まだまだ続く(笑)
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『ぶらぶらしながら自分の好きな勉強を続けていく人生』
2012-04-22 Sun 17:27
なにがしかの表現活動をされている方ならばよくよくご存知のことであろうが、大きなイヴェントが
いざ終了してしまうとそのあとにやってくるのは「大いなる倦怠」である。

まあ若かりし時のように「全てを投げ打つ」というところに自己陶酔感を感じるような?大げさなものではないにしても、やはり本番1週間前辺りからの日々は(意識に上る以上に)なかなかに濃密な日々であったようで、その反動でただぼんやりと無為徒食の日々を送る今日この頃である。

もっとも前回・前々回の時は12月だっただけに、終了と同時に気力と体力をキープしていた「気持ちの張り」ががくんと緩んだ途端に見事に風邪をひきそのまま倒れこんで1週間ほど寝込む羽目になったが、今回は暖かい季節で良かったざんす(笑)


ではあるのだが、先週は案外活動的ではあった。

火曜日は三鷹台ラフターセッションに復帰、このクラブは相棒のゆかさんの卓越したマネジメントと同じくあきさんのきめ細かいサポートのおかげで極めて順調な運営が続いていて(これに私の「変てこな個性と表現力」というなかなか調和のとれたトリオなのだ)、この日は終了後に各自1品持ち寄りの食事会。

1品持ち寄りとはいえメンバーの殆どが主婦であり、「料理の先生」というメンバーがいらっしゃるのでなかなか手の込んだお料理が並んだ(私は弟子が作った「なます」を持参・・・たまたま作ってあったものだが、持ち寄りの品にすると言ったら、奴め慌ててゴマとクルミを振り掛けて見栄を張った)。↓

http://ameblo.jp/mitakadai-laughter/entry-11228034307.html


でありながら私はこの食事会を1時間で早退・・・というのは、某おねーさんと「デートの約束」をしていたからざんすよん!!・・・もっとも相手はべらぼうに忙しい人なのでたった2時間しか時間が取れずお茶して終わりだったけどね。

実はちょっと切ない「片思い」的な?気持ちに苛まれそうになるほど大変素敵な人なのだが、冷静に考えればあまりにも「高嶺の花」だ・・・せめて次回は食事を一緒に!と画策してるがさあどうなるかな?(笑)


水曜は銀座セッションで久しぶりに?ママさんに会って、「マハナンダ・マッサージ」を施術・・・私のセッションって実際にはあんまりヨーガやってないことの方が多いかもしれない(爆)。

晩はこれまた久しぶりの「ラマナ・ミーティング」実施。最近はリクエストによる「個人面談」としてのミーティングが続いていたが、今回は4名の参加者あり。当日はラマナのタミル歴計算による「第62回命日法要」の日であったので、フリートーク(というよりお馴染みの私の長広舌)の後は午後8時47分というラマナ入滅の時間に向かって「アクシャラ・マナ・マリ」をBGMに瞑想、というより黙想・黙祷。

もっともこの時間はインド時間だから半分はインチキざんすけどね、あはははは・・・!!

そして木曜日には今回公演を観に来て下さった「人生最初の恩師」と改めてお会いしてじっくりとお話することが出来た↓

http://sirius02.blog6.fc2.com/blog-entry-497.html#more


再会するのは多分14年ぶりぐらいだろうと思う。すでに退職され自由な身分になられていたが、何といっても「全共闘世代」のバリバリの熱血闘志型だった人だけに、最後の頃の職場での状況はとてつもなくハードで身体も何度か壊す羽目になったそうな。

私が高校生の頃だったか20過ぎた頃だったか記憶が定かではないのだが、この先生が私に語りかけてくださった言葉で大変印象的に記憶に残っているものがある。


「ねえ、尚志君、特にこれといった職業につかずに、自由に『ぶらぶらしながら自分の好きな勉強を続けていく人生』というのも悪くないと思うわよ・・・」

およそ現役中学校教諭とは思えないアドヴァイスだが(笑)、それから30年という歳月を経た現在、私はまさしくそんな人生を歩んでいるのですなあ、あはははは・・・!!!


次回に続く・・・・
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「死者の伴走」・・私の場合
2012-04-09 Mon 23:38
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さてさて4日間5回にわたる公演が終了、5連泊していた新宿のカプセルホテルから本日鴻巣へ帰還した。

TAICHI-KIKAKUの身体詩劇作品にサブ・パフォーマーとして出演するのは今回が4回目であったが、今回の作品はこれまで以上に寓話性の高いファンタジックな色彩が濃密な作品だったのではないかなあと思う。

演技の点ではこれまでの中では最も激しい動きだったざんすねえ・・・共演するサブパフォーマーのほとんどが20代ということもあって、完全に「ひいはあ状態」だったのは致し方ない(笑)・・もっともメインのオーハシさん・モリムラさんも私と同年代であるわけで、それでいてあれだけハードな内容を演ずるのだからねえ、やはり役者さんというのは普段から何らかの形でトレーニングを積んでいるのである。


濃密な時間を過ごしてきた仲間たちともこれで取りあえずお別れ・・・祭りの後の寂しさの一つですなあ、もちろん後日ワークショップなどで再び会うことになるであろうメンバーもいるのだが。

今回の話が最初に知らされたのは昨年の10月だったかな?・・出演するかどうかの返答を11月末までに、ということだったのだが、当初は少々迷ったりもしたのだがやはり参加して良かったと納得しているざんす!!


今回の共演者の一人はオーハシさんたちが講師を勤める専門学校演劇科の現役の生徒で19歳の演劇青年。

ここ数ヶ月稽古に励む中で彼とあれこれ話すのも楽しかった・・というのも自分が19歳の時のことをだぶらせていたりしたからだ。

当時の私は海上自衛隊にいたのだが、

「お金を貯めて退隊したらヨーロッパ放浪の旅に出て、各地で芸術に触れて演劇の勉強をしたい!!」

というのが夢であった。


で、もちろんそれは実現しなかった故に現在の私があるのだが(笑)、やはり実現していたらどうなっていただろうなあ?という思いは今もある・・・それだけに彼が持つ将来ヴィジョン「英国に演劇留学する!」というのを熱烈に応援したいのですなあ!!


だがしかし当時描いた私の夢というのは全く実現しなかったのだろうか?

TAICHI-KIKAKUのメンバーは私とほぼ同年代である(ヨシダさんと同い年)。

昨夜の打ち上げの際にもモリムラさんと話していたのだが、私はもし20代半ばの頃に彼らと知り合っていたら、「5人目のメンバー」になっていたかも?というか成りたかったなあ・・・と思いたくなるほどなのだけど、まあそれはさておくとしても、

挫折した元演劇青年が、現にこうして彼らと一緒の舞台に立っている!!・・・という事自体がなんとも感動的ではないか!!

そして多分それは「シリウス・マハナンダ」というキャラクター故に、身体詩作品の中で不思議に変てこな個性を発揮して存在していられるわけで、その「シリウス・マハナンダ」なるものは、「若かりし頃に思い描いた夢」が実現しなかったが故に生成されたわけざんす。


おかしな表現だが私の夢は、「断念したが故に実現した?」感じだったりするのだ(笑)


そして以前も書いたのだが、TAICHI-KIKAKUと私とのご縁は不思議にもインドで関わりがあった・・・メンバーのタブチさんの親父さんと、何とラマナアシュラムで先に出会って知り合いになっていたのですなあ・・後になって初めて身体詩WSに参加した時に二人が親子と知ってびっくり仰天だったのだ!!


このようにサットグルは「その信奉者の魂が真に必要とするもの」を不思議な形で用意してくださるのである。


さて今回の公演では一つのテーマとして、「死者の伴走」ということを強く意識するように・・ということを演出のモリムラさんから話があった・・・身体詩作品ドラマの中ではこの作品に限らず、

オーハシ&ヨシダさんの「生者」に対してモリムラさんは常に「死んでしまった昔の友達・仲間」という形で登場してくる(能楽におけるシテとワキのような)・・舞台上の円環(唯一の舞台装置)は何ものが立ち顕れいく「境界世界」という深層心理学的な象徴に他ならない(この円環も身体詩作品に共通する必須装置)。

・・・のだが、今回はその構成がより直接的にドラマの核心として表現されている。


そして冒頭のシーン(写真)では、我々サブパフォーマーも「それぞれの実人生を象徴するような歩き方」をモチーフとした動きを演じているのだが、モリムラさんからは

「一人一人が、自分の友人や仲間だった死者に見守られ伴走してくれている」という意識を強く持って演じるように!!

ということであった・・・具体的な故人というに限らずそれは総体的な意味での「ご先祖様」と見てもいいだろし、あるいはもっと霊的なステージな存在と見ても可能だろう。


でまあ、私の場合は最初からそもそも「強烈に惹きつける力」に引っ張られて歩く・・のがモチーフだったわけで、その出所自体がそれ自身だったりするわけなので、殊更にそれを強調するまでもない(笑)


バクティ・ヨーギである私にとっては、ラマナ・マハリシという存在が最初からそういうものとして、

「いかなる時・場所においても、私を常にご覧になり続けご一緒にいて下さる(いわゆる「同行二人」ですな)」


ことは、あまりにも自明のことざんすからね。


今年前半の最大の目標であった公演は無事に終了した・・・ということで今度は今年後半の最大の目標ですな(笑)

・・・これはいうまでもなく今年もまたアルナーチャラ訪問・滞在である。

今年の場合は訪問・滞在それ自体については「いわゆる先達さんとしてご案内する」ということがほぼ確定的で、これから具体的な話を順次クリアしていく作業に取り組むことになるざんす。

まあ、これが私の使命みたいなものざんすからねえ!!

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「カーテンコール」にご注目!!
2012-04-03 Tue 00:19
今回の我々の出演シーンは3つなのだが、不幸なことに?一番最後のシーンが以前紹介した「意思に反して強制的に歩かされる」シーンである。

歩かされるだけでなく、首を吊られたり鞭打たれたり・・という激しい「ネガティヴ」なアクションなのですな・・そしてそのシーンの最後は

「ふっと憑き物が落ちたように」無表情のままスタスタと舞台袖に退出していく・・・その一つ前の「子供の遊びの世界」では、最後に満面の笑顔で劇場全体に向かって(世界全体に向かって)手を降りながら去っていく・・のとは全く正反対ですな。

・・・で、俳優というのはそのドラマとしての濃密な時空間を「リアルに」生きていくわけなので、楽しいシーンは本当に楽しく感じるのだし、その逆もまた然り。


もちろん「ある感情を生きている」事を冷徹にコントロールしている部分があるからこそ俳優として機能するわけだから、意識が混乱するわけではないし、演技が終われば素に戻る。

しかしやはりねえ、ポジティヴなシーンで終わる方がネガティヴなシーンで終わる方が演じる側にとっても好ましいのざんすよ・・もっとも安直なハッピーエンドである必要はないにしてもね。

TAICHI-KIKAKUの身体詩劇作品は、決して安直なハッピーエンドではない・・場面によってはかなり切実にシヴィアな辛く絶望的なインパクトが前面に表出されてくることもある(受け取る人の感受性によっては少々「グロテスク」に感じられることもあるかもしれない)。


だが身体詩の絶対的基本理念は「祈り」にある↓

http://www7b.biglobe.ne.jp/~taichi-kikaku/TAICHI-KIKAKU/Primordial_art.html

http://www7b.biglobe.ne.jp/~taichi-kikaku/TAICHI-KIKAKU/Body_Poetry.html

だから安直なハッピーエンドではないが、決して絶望的な終わりでもない。


・・・・ではあるのだが、メインの3人(今回は2人)はさておき、我々サブパフォーマーは、もちろん作品全体を一緒に共有・共生していくのであるにしても、どうしても「温度差」?みたいなものもあるわけで、

今回の場合登場場面の最後が前述したような状況なので、当初は何となく「心理的に昇華しきれないような若干のもどかしさ」のようなものがあったのは事実である(これは私だけの意見ではない)。


ところが今回の「カーテンコール」の演出にあたって、現場であるアイディアが採用され、全員が小道具を使って大変ポジティヴなインパクトの強いメッセージをお送りして終了する・・・


ということになって、大変ありがたいのざんすねえ。


さあて御用とお急ぎのない方は是非劇場に足をお運び下さいざんす!!↓

http://www7b.biglobe.ne.jp/~taichi-kikaku/TAICHI-KIKAKU/Next.html

チケット前売りは、私にご連絡いただければまだまだ手配可能ざんすよん!!(笑)↓

http://www15.ocn.ne.jp/~sirius02/2001/index.html
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「大人の身構え」というヨロイ(鎧)を脱ぐ
2012-03-30 Fri 00:02
ラフターヨガのセッションの進行にはいくつかマニュアルがあって、特に初めての参加者がいらっしゃる場合はかなり手順を踏んで説明していくのだが、その中に「4つの要素」というのがある。

でまあ、ご存知の方もあろうが共同主宰する三鷹台ラフターヨガクラブはもとより、早稲田ラフターに客演?したり、何かしらのラフターイヴェントの際には、私がこの部分の説明の担当をするケースが少なくない。


ラフターヨガでは「ユーモアやギャグやコメディなど」人為的に笑わせる要素を抜きでセッションを進行するのが建前であるが、実際にはやはりそういうものがエキササイズの中に入り込んでくる。


そこで「シリウス・マハナンダ」の変てこな個性と表現力が大いに力をはっきするわけざんすね。

さてさて「4つの要素」の一つは、「子供心をよびさますオマジナイ」というもので、セッションの一番最後に

「やったー!やったー!、イェーイ!!」と歓声を上げるアクション・・・・これが一回のエキササイズの終了にもなるわけだ。

それでこの部分を私が解説するときに、

「皆さん、大人になってしまうと喜ぶ時アクションがあんまり出ませんけど、子供はどうでしょう?・・・・子供ってこんな風に喜びを表現しますね」

・・・といって、ここでかなり激しいアクション、飛んだり跳ねたり転がったり手足をバタバタさせたり、もうめちゃくちゃな動きと奇声と笑いをやってみせる。

まあ実際幼稚園から小学校低学年辺りのガキんちょどもは、もうわけのわからない不条理な?アクションで喜びを全身で表現する・・ことは皆さんご存知の通り。


しかし、これをセッション参加者の前で実演すると、初めての方などはかなりびっくりして「ちょっと引いちゃう・・」人もいるわけですな(笑)

まあ確かに51歳の髭オヤジがこんな風なアクションをする・・・というのは特に日本では「世間体の常識外」なのざんすね、

で怪しまれないようにと他のスタッフ達がフォローを入れるのだが、

「シリウスさんは俳優さんなので・・・」

と説明されると「ああ、なるほど」と納得される方が多いのですな。

そして私も「まあ、ここまで皆さんにやってくれ!というわけではなく、子供だった頃を思い出して、喜びを表現する・・ということですね」という風に収めて解説を締めくくるわけなのだ。


しかし、よくよく考えてみると「俳優なので」このアクションが可能・・という説明は正しくはない、もちろん肉体的な制限というのはあるにしても、大人だって「羽目を外して喜ぶ」事が可能なのは、例えばサッカー会場の群集を見れば一目瞭然である。


俳優なので「日常から非日常に一気にスイッチを切り替えて」表現することが可能・・ということに過ぎないのではないだろうか?

「大人としての身構えを解く」

これがポイントなのざんすね・・・もちろん仕事に従事している時はこの「大人としての身構え」は無くてはならぬものである。

しかし1日24時間年中無休で「大人としての身構え」をやっている必要はないのだ、否むしろその「大人としての身構えを解く」事を積極的にやらないと、この現代社会をしたたかに行きぬくことは出来ないのではないか?


今回の公演では、大人になってしまった主人公が、ふと子供の世界に戻る・・・というようなシーンがあって、ここも我々サブ・パフォーマーの登場シーンの一つである。

我々8人も楽しい音楽に乗って突然場面に登場してきて、それぞれが実際に子供の頃の楽しかった思い出(特に「遊び」の)をモチーフにしたアクションで舞台を駆け巡る・・・おそらく照明もこのシーンではとてもカラフルで派手な演出がつけられることだろう。

・・・・あたかもまるでびっくり箱を開けた様な、おもちゃ箱をひっくり返したような、遊園地に来ているような、大変ハッピーな賑わいに満ちたシーンになることだろう!!・・・やる側にとっては運動量が激しくて一番大変なシーンであるのだが(笑)


そしてTAICHI-KIKAKUの身体詩劇というのは是非とも、「大人としての身構え」を解いてご覧になっていただきたい・・・というか、そうしないと何がなんだかよく分からないだろうしねえ、これはラフターヨガとも共通するのだが、

「40代~50代の男性」諸君というのが、もっともこの「大人の身構え」というヨロイ(鎧)にがんじがらめにされているのざんすよん!!

ここから脱出することが実は疲弊した現代社会の枠組みを超えて、新たなる地平を拓いていくことに繋がっていくのではないだろうか?


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家督相続?と子供の頃の写真
2012-03-23 Fri 14:25
さて本日は誕生日である。今年で51歳ですな。

昨日から浜松帰省中・・・18切符利用であり、宿泊は昨日は母の居住する施設のゲストルームだが、今日は市内のビジネスホテルに移る・・・というのも、毎回のことであるが、帰省すると高校時代からの付き合いの親友たちと晩飯を一緒に食べよう(ほとんどはうなぎだ!)ということだが、

母のいる施設は門限があって、それまでに帰り着こうとすると食事会の時間があんまり十分に取れない・・・ということもあって、今回からホテル泊としたのだ。


探してみたらなんと「誕生日割引1000円ポッキリ!」という宿があって、これを使わない手はない、因みにここは駅から離れてはいるのだが、我々が卒業した高校の近所で当時から知っている・・・ってことはそれだけ古いわけだが(爆)↓

http://www.bijitel.jp/

夜はもちろんうなぎざんすね!!・・・昨今うなぎのお値段がべらぼうに高騰しているのでこんな機会がなきゃ到底食べられないからねえ。


さてさて帰省の最大の目的はなんとも忸怩たるものがあるが「金策」である・・・要するに「親の脛をかじる」悪徳中年なのですな。(爆)

・・・もっともうちの場合、兄弟がいないから相続人は私一人だから問題はない。

税金を取られるくらいなら出来るだけ早い段階で「資産移動」した方がよいということもあって、まあいうなれば本質的には「生前贈与」に近い・・・という名目でこれまでも随分たかってしまったねえ。



しかし母親は今年79歳、あちこちヨタヨタしてきた。

頭は呆けてはいないが、昔に比べると各種「事務手続き」がおっくうで面倒くさくなってきているらしい。年金今回も年金関係の書類が来ていたのを、実質的に私が事務処理する形になった。

若い頃にかけていた厚生年金の記載漏れがあったそうで、申請すればどうやら支給年額が約10万円アップするばかりか、どうやら訂正前の差額を遡って支給される・・・らしい、うまくすると結構な金額ざんすからね。


私も51歳になって、まあそろそろ世間で言うところの「家督を継ぐ」時期になってきた・・ということもある。

でまあ、来年母が80歳になる・・辺りを目処に、財産管理全般を私が引き継ぐ・・・という前提に、例えば「Xデー」の際のマニュアルも順次決めていこうということでもある。


もうひとつの目的としては、こちらに保管してある私の「子供時代~青年時代」の写真のいくつかを持ち帰る・・・ということでもある。今度の公演のモチーフのひとつに

「子供時代の天真爛漫さ」

というのがあって(公演チラシおよび劇中使用映像にオーハシさん&モリムラさんの「子供時代の写真」が使用されている)、まあ役作りというには大げさであるが、子供時代の思い出を出来るだけ鮮やかに回想するツールのひとつとして写真を回収してこよう・・と考えていたのだ。


改めてあれこれアルバムを見ていくとなかなか面白いねえ!!

父親の若かりし頃の写真なんてのもあって、それに髭を生やしたらやはり自分そっくりだったりする。


面白そうな写真がいくつかあったので持ち帰ることにするが、いくつかは後日皆様にも公開する予定なのでお楽しみに!!??

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