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1%の方が顕現することもある
2018-09-16 Sun 21:36
前回の続き(占いについての私見の披瀝)ざんす。


この「天気予報」にしろ「運気予報」にしろ、単純に簡略化されたものなら様々なメディアを通じてほとんど「無料」で入手できるし、それで日常生活の一般的な局面には充分間に合うことが多いわけで、

特に学問・教養がなくとも「天気図」を見れば、誰でもこれからの天気の推移はそれなりに予測できるように、手相(という表象図)もまた「生命線・頭脳線・感情線」ぐらいならさほど興味のない人であっても知っていることであろう。

ごく単純に「高気圧が接近してくるから晴れるだろう」という見解と「生命線が長いから長生きするだろう」という程度の見解を持つ・・のは誰にでも(子供でも)出来るし、営為としては等質ではないか?


しかし「天気」であれ「運気」であれ、何らかの事情によって「より精緻で詳細な動向の情報」が必要な場合は、それらに精通した専門家に「相応の対価を払って」入手するわけである。



さてどんなに精度・確度が上がってきても、「いかなる結果が生起するのか?」ということは「情報の受け手」側の状況に左右される。

この夏は豪雨やら台風やら地震やら大変であったわけだが、これらに見舞われた地域の「全構成員が全く同じ被害を被った」わけではない。

気象庁(という専門家)が出来るのは、「かなりの高い確率で豪雨や台風という現象がその地域で巨大なエネルギーを放出する」ことの予報と警告なのであって、

実際にどのような事象が生起しそれがいかなる結果をもたらすのか?・・という具体的・個別的な現象は、対応・該当する場所や個人を取り巻く様々な変数の様態によって左右される。



占いも同様なのではないだろうか?


占い師がデータから読みとった「運気の様態と傾向」・・・もちろんその時点でその確度は占い師自身の力量に大いに左右されるのだが、その提示された「運気の様態と傾向」が、ではクライアントの側で「いかように具体的な事象として把握できるか?」というプロセスのレベルのグラデーションは千差万別であろう。


例えば台風のエネルギーの巨大さそれ自体は同じであっても、細かな地形の違いとか、その時点でその人がどこにいるのかとか、危機管理意識にどこまで敏感なのか、どこまでそれに実際的・具体的に対応できるのか・・・などなどの無数の変数(各個だけでなくその多元的重層的関連)が全く異なり、その差異が「もたらす結果の様相(の違い)」に大いに影響を与える、というかそれによって決定するのと同様に、

占いにあっては、そのクライアントのあれこれの「身構え」とでもいうものの相違によって、その「運気」がいかような事象として発現するか?・・・に大きな違いが生じてくるわけである。


それ故に同一の「生年月日」や「同姓同名」や「相似した手相」であっても、その人個別の環境&日常的局面に生起する事象は異なり、その相互連鎖の蓄積による総合的な織物としての「人生模様」は全く違ってくる・・わけざんすね。



さて、それでは占い師のリーディング力量はどうやって測れば良いか・・というと、一番わかりやすい&納得できるのは、クライアントの「過去の出来事」をどの程度指摘できるか?・・・ではなかろうか?


もっとも「過去の出来事」といっても、ある種の霊能者ならば事象内容としての「ドラマそのものを再現的に読みとる」ことが出来たりもするわけだが、占いはそういうわけではない。

占術が「過去」について提示するのは、統計学的な手法により抽出された「確度の高い動向・傾向」であり、例えばそれは「過去のこの辺りの時点でかなりシビアな状況ではなかったか?」とか「何歳頃の段階で人生に大きな影響を与える転機があったのでは?」・・・という指摘になる。



それが正鵠を得ているならば、クライアントには充分思い当たるエピソードがあるはずで、そこを見事に指摘されたら転じて「未来」という座標軸への読みに対する確率を示すことにもなる・・・というか、

そもそも人が占いに託するものは自身の過去ではなく、「未来の様相」のわけで(笑)、それをどこまで信じられるか?・・は、当然ながら「占い師への信頼度」に直結・正比例するわけである。


ただしそれは「予言(未来に起こる具体的なドラマ内容の)」ではない・・やはりそれもまた「霊能者」の担当であり、占いが提示するのはドラマの内容ではなく、「運気の展開動向の確度の高い可能性」なのである。

(気象庁が出来るのは「かなりの高い確率で豪雨や台風という現象がその地域で巨大なエネルギーを放出する」ことの予報と警告である・・のと同じざんすね)



で、私の場合は・・


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障害線の刻まれ方を観ると、20代前半から40代前半までの期間に人生のあり方を見つめ直すショッキングな出来事がおこる可能性があります。

「影響線」の時期を観ると、35歳前後に人生の方向性を照らしていく人・場所との出逢いがあるでしょう。


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・・・という風に過去を指摘されたのだが、事実として「刃傷事件」は44歳の時の出来事だし、20代初頭の苦境の指摘も当たっている(このエピソードもいつか一文書き上げたい所存であるが・・)。


http://www.geocities.jp/ramana_mahaananda/personal-holder/essay010.htm



因みに面談時には、鑑定書にある「20代前半から40代前半までの期間」という幅を持たせた表現とは異なり、

「40代半ばに何かショッキングな出来事がなかったか?」・「20代初めの頃にも何か苦境に立たされたりしなかったか?」

という風にピンポイント的に指摘され、その鋭いつっこみに大変驚いたのであった。



そして私が初めてアルナーチャラを訪れ、恩師である故・柳田先生とお会いしたのは正しく「35歳の終わりの頃」なのであった。


http://www.geocities.jp/ramana_mahaananda/personal-holder/essay01.htm





ところで占いが「予測」である以上「絶対」が保証されているわけではなく、時として見事に外れるケース・・確率99%の場合でも「100回の内99回」なのだから、「そうではない1回」の方に目が出ることはある。

どんなに優秀な占い師でも時に「見事に外す」ことがある・・そうで、ある高名な占い師が次のような面白い話をしていたので、これは是非とも紹介したい。



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かって年に数回見事に「過去の読み」を外すことがあった。

しかしホロスコープ上ではその人がある時期にとてつもない苦境に陥ったことを示していて、私の長年の経験ではそれについての見解はほとんど絶対的な確度なのだが、当人は思い当たらないらしいし対談していて嘘を言っているようには見えない。

どうにも納得が行かないし占い師としての信用に関わるから、これらのケースを詳しく調べてみたら、クライアントの方に一つの「共通する要素」が発見できたのだが、それは

「その人は何らかの『熱心な信仰』を持っている」

・・・ということだったんだね、だから私はそれ以来「初めて鑑定する」クライアントさんには、先ず一番に「あなたは何か熱心に信仰している宗教とか神様などはありますか?」と聞くことにしているんだよ。


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・・・・ということなのだが、なかなか素敵な話ではないか!!

神の至高の力は、99%の確率で予測されている事象にあっても、「わずか1%」の方を顕現させたりもする・・・のざんすねえ、そういうときに人は「奇跡が生じた!」と驚き感動するのである。


あるいは「シビアな状況」それ自体は変えられないにしても、その事象の「もたらす意義」が、信仰者にはむしろ慶事となったりもする・・・のは、私自身は「刃傷事件」で直接的に体験し実感した経緯もある。


「サットグル(神・真我)は、無意味無駄なことは一切為されない」

これは「信仰者」にあっては疑う余地のない全き真理なのだ!!




というわけで、前回に続いて新たにアップされた「美代ちゃん」動画を紹介しよう。

それぞれ既出の動画をコラージュ編集した「赤い風船」ざんす、なかなか良くできた編集で美代ちゃんの魅力満載ざんすよん、わはははは・・・・・!!



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高級うな重みたいな「鑑定書」?
2018-09-13 Thu 22:13
1最近なんとなく「グルジェフ」に関心を抱きつつある。

それでヤフオクでグルジェフ関係アイテムを検索したら書籍だけでなく、キース・ジャレットがグルジェフが作曲したものを演奏したピアノソロ音源の収録CDがいくつか出品されていて、最安では800円・・を発見した。


https://www.amazon.co.jp/%E7%A5%88%E3%82%8A%EF%BD%9E%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%95%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8C-%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88/dp/B00005FKDD


この音源の存在は以前から知っていて是非聴いてみたい・・と思いつつも、利用している各図書館には収蔵されてないので希望を果たせずにいたのだが、このタイミングでちょうどうまい具合に各種ポイントが計930円ほど貯まっていて、競合せずに落札できれば送料との合計980円が実際の出費は50円で済むではないか!!


・・というわけで早速入札、幸い競合せず落札できたざんす・・現在発送待ち。因みにグルジェフ関連書籍については、県立図書館にある蔵書2冊を予約した。

で、同時にキース・ジャレットの未聴CD1点もかり出すことにしたのだが、ここでも意外なことに「別の演奏家によるグルジェフ音楽の演奏」を収録したCDを発見、もちろんこれも一緒に借りだすことにした。



さてさてインドへの出発は中止したものの、国内移動の旅?は今月も予定されている(笑)。

19日というのが母の居住している施設への「医師の訪問往診日」なので、その日に合わせて浜松へ帰省し、医師から直接「母の状況」を詳しく聞いてこよう・・・という次第ざんす。

医師往診は午前中なので前日18日の三鷹台ラフター終了後に出発して浜松前泊ですな。


19日は母訪問&医師と面談の後は袋井・可睡斎参拝、定宿の興津・駿河健康ランド泊。


20日 午前 三島大社参拝~昼に小田原近郊で知人と「手打ち蕎麦」会食・ラマナ・ミーティング&インド占星術の鑑定をして頂き、藤沢泊。


21日 江ノ島岩屋 準早朝参拝、昼食後に浦和へ。県立図書館分室で前述の書籍&CD借りだしの後、反転して王子神社&王子稲荷神社参拝、赤羽のカプセルホテル泊(初)。


22日 東京大神宮参拝~高田馬場RAMANA ARUL~千駄ヶ谷ラマナ・サットサンガ参加 鴻巣へ帰還。



・・・という旅程なのだが、

20日の「インド占星術鑑定」というのは、この春と夏に「手相」と「数秘術」を鑑定していただいた小田原のSさんにまたまた観ていただこう!という次第・・その前にそのSさんの知人でアルナーチャラ訪問を熱望している方がいらっしゃるので、関係者一同?(Sさんもラマナアシュラム滞在経験者である)で「ラマナ・ミーティング実施なのだ。



で一昨日になるが、そのSさんからの「鑑定書」が到着した・・前回の「手相」と「数秘術」のものである。

しかしこの「鑑定書」・・「まるで高級うな重」みたいな?質量相揃ったボリュームなのですなあ!!


解説(手書き分とテキスト5ページと図入り)は、それぞれの項目についてまさしく「微に入り細を穿つ」という形容がぴったりする懇切丁寧な内容となっており、面談の際には提示されなかったあれこれのリーディングが補足的に記載されている。

これはおそらくは面談にあってはどうしても「時間的制約」があって、「最重要なポイント」の解説を優先して展開する為には、「細かな点については端折る」必要がある・・・からではないだろうか?


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こまで丁寧な作りの鑑定書だから、それなりに「有料かつ時間を要する」のは無理もあるまい。

確かに鑑定時に「すみませんがかなり時間がかかります」と言われていたのだが、実際その後なかなか音沙汰がない・・のでせっかちな私は「そろそろ遠回しに催促しようかしらん?」と思い始めていたのだが(笑)、このグレードならば納得できますわな(私の場合「手相」と「数秘術」及び同居する相棒の「手相」の3件一緒にお願いしていたという事情もある・・)。



というわけで決して料金的には「お安くはない」にしても、リーディングの的確さ&このような懇切丁寧な仕事ぶりならば、興味本位ではなくシリアスに「人生の総括的ビジョン」を概観したい・・という向きには、相応の出費として充分以上に納得かつ満足できるであろう。

(生命保険の入院費用請求に必要な「医師の診断書・約5千円」とは全く意義が異なるざんす・・笑)



かくしてSさんの各種占い鑑定を皆様に大いにお勧めしたい!・・のだが一つ難点があって、現状では占い業務の広報宣伝の窓口としてはFacebook&LINEでしか展開していないのですなあ・・ここは外部サイトにホームページなり専用ブログなりを開設して頂きたいところざんす。


もっとも「面談やLINEでの鑑定のオファーをこなしながら、このような鑑定書も制作する」・・・というのは結構なハードワークでもあるだろうし、ご自身の占術の「勉強・修行」も怠るわけにもいかない・・となると、なかなかおいそれとホームページやブログの開設にまで手が回らない・・ということもあるだろう(窓口が大きくなってオファーが増えすぎるとSさんのキャパシティを越えてしまう・・恐れもあるかもしれないし)。



さて占いというものをいかように捉えるか?・・・という点でいささかの私見を披露すると、実は「天気予報」とかなり相似しているのではないか?と感じるのざんすね。


「占い」なんてものに全く関心がないという人でも、「お天気」は大なり小なり気にかかることであろう・・・「天気図」を見たことがない人は皆無に近いのではないだろうか?

「天気予報」というのは膨大に蓄積された気象学上の諸情報を解析して、ある一定以上の確率でこうなるであろう・・・という見解(に過ぎない)であるわけだが、占いというものは「天気」ではなく「運気」を読む営為である。

準拠しているシステムが「自然科学的見地」か否か?・・の違いはあるのだが、蓄積されたデーターから統計学的な「形態」や「方向性」を提示する、という点ではその構造は同じである。


・・・と書き始めたもののかなり長くなりそうなので(笑)、続きは次回にするざんす。



でまあ、ようやく重い腰を上げて書斎兼寝室である納戸部屋の「清掃片づけ」を実施したのだが、ものはついでにとこれまでヤフオクで落札したまま放置状態であった各種「美代ちゃん」グッズの整理に着手(笑)。


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これらは73年の少年誌や毎日グラフからの切り抜きなのだが、ご覧の通り美代ちゃんの「手相」「足相」「顔相」が披瀝されてますな・・・他の特集記事にも、当時の美代ちゃんの「運勢鑑定」が掲載されていたりするわけだが、

それから45年が経過した現在の時点から振り返ってみると、美代子さんが辿ってきた実際の人生航路が、当時の占いの結果としてどの程度「読みとられていたか?」

・・・・ということがよく分かりますなあ。




そんなわけで最近アップされた美代ちゃん動画の紹介


お馴染みの73年大晦日のレコ大新人賞受賞の際のライブであるが、これまでにアップされたもの中では最上の画質クオリティざんす!!

(ただし残念ながら1番歌詞のみみカットされた短縮版・・・完全版のアップを是非とも切望したい・・)






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是非とも私をご招待されたし!
2018-09-06 Thu 21:41
私が好きな作家というと池澤夏樹氏で、このところ図書館から連続して未読の著作を借りてきて読み進めているのだが、昨夜ようやく「カイマナヒラの家」を読了。

しかし写真ともどもなかなか素敵な(ある種のファンタジー)小説で、「ハワイに行ってみたい!・・(全く素人ながら)サーフィンやってみたい!」という気持ちになってしまうではないか!!(笑)。

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かくしてこの本は「手元に置いておく」のも悪くないな・・と思って早速アマゾンで検索したが、古本でもあんまり安くなってない(送料込みで2千円見当)・・Kindle版なら500円ちょっとであるが、やはり書籍なるものは紙の本で読みたいではないか。


で、ダメもとでヤフオクの方を検索したら、なんと「72円&送料164円」のものが出品されているではないか!!

しかもちょうど「オークション終了10分前」というタイミング・・・これを逃す手はあるまいと即座に入札してすんなり落札。まあお値段的にそこそこ傷みがあるのは当然で、別に新品同様や美品である必要はないざんすからね(笑)・・写真のページの状態がどんなものか少々気になるものの、このお値段&タイミングなら文句を言う筋ではあるまい。



閑話休題


例によってなんとも間が空いてしまったが、先月24~28日に「夏季巡礼パート2」の旅に行ってきた。

当初の予定では東京→徳島間を長距離フェリー&徳島から鉄道で岡山入りの楽しい計画をたてたのだが、台風20号の接近とかぶってフェリーは欠航となり、やむなく随分と久々に新幹線のぞみで一気に岡山入りに変更。


まあ、今回の旅の感想としては3つ、


1・新幹線はべらぼうに速い!!(当たり前か)

2・岡山のおねーさんたちは綺麗だ!!(これまで同じ印象を受けたのは、他には岐阜と三島ですな!)

3・宮島・弥山山頂登頂は前回以上にハードで疲れが後に残った(早朝から猛暑だったせいもある、前回は3月下旬だし・・何よりも加齢による体力低下ですな・・笑)。

・・・ということざんすね。



そして25日の岡山サットサンガの様子は、主宰のFさんのブログをごらん頂くとして、


https://ameblo.jp/0321elppa/entry-12400423535.html


私個人の感想としては、

「直前になってこの岡山サットサンガの開催を知り、神戸から参加してくれた方」がいて、これが何よりも嬉しかったですな!!


このK氏はラマナに関心を持ち始めてあれこれと情報を探しているうちに、今回の岡山サットサンガの開催という告知にたどり着き、勇んで駆けつけた・・・わけなのだが、

日本においては求道者・修行者がどのようなプロセスで「ラマナの存在と教え」に出会い、展開していくのか?

・・・という点については、大概は何らかの契機で関連書籍を読んだり、

http://www.geocities.jp/ramana_mahaananda/information/ramana-books.htm



自分の師事するヨーガなどの先生から「ラマナの話」を聞いて関心を持つ・・・というところから始まることが多く、さてその次の段階として、

「どこへ行けばもっと様々なラマナのお話を聞けるのだろうか?」

となったときに、「ラマナの教え」というのは一般的な意味合いでの「教団的スタイル」としては全く組織化されていない(それは不可能である)だけに、

「(生きた)情報を得られる場」としてのサットサンガ・・というのは、日本の状況では最も必要な機能だと思うわけで、今回のK氏のケースはまさにそれを絵に描いたようなものだったざんすからね。



そして、

「是非ともアルナーチャラへ、ラマナアシュラムへ行ってみたい!!・・けど、実際問題としてどうすればいいのか?」

となった時には、私の管理する「ラマナ・マハルシの臨在」サイトの出番となる・・わけざんすよん。


http://www.geocities.jp/ramana_mahaananda/index.html




それにしても今年の夏は台風の当たり年ですなあ・・。

先日4日は21号の接近、帰路の鉄道運行状況の悪化を懸念して三鷹台ラフターへは不参加・・・しかしこの日に期限が迫っている用事があって、とりあえず午前中に大宮まで行ってくることにした。

で、この際なので氷川神社にも夏季巡礼パート2終了の報告挨拶を兼ねて参拝してこようということにもなった・・大宮氷川神社は駅から少々距離があるので、なかなか「ついでに寄る」のがどうにも億劫なのざんすよ(笑)。



まあ、少々の雨風は致し方ないとしても、昼過ぎまでなら台風の影響が出る前に全ての用件を済ませて帰宅できる・・・という思惑で出かけたのだが、これが全く予期せぬ「奇瑞に遭遇する」ことになったのですなあ!!



台風接近にともなう雨雲の流れが速くて雨が降ったりやんだり・・ころころ様子が変わる状況であったが、実際に傘が必要になったのはわずかな区間で済んだ・・・例によって「天下無敵の晴れ男!」なわけだったのだが、これに関して今回はかなり素敵なインプレッションがあったのざんすよ。


というのも氷川神社参道(長さ日本一なのだよ)に入った辺りでは完全に雨もやみ、やがて日差しも出てきた・・・のだが、歩いていく途中で参道脇にある呉竹荘からお社で神前結婚をあげる「白無垢の花嫁さんの一行」が現れ、ちょうど私と同じタイミングで境内にさしかかる感じになったのですな。

http://musashiichinomiya-hikawa.or.jp/bridal/index.html



それまですっと雨が降っていたので、花嫁さんには後方から大きな傘が差し掲げられていた・・わけだが、私と合流?した辺りから「お天道様」が登場してきたわけざんすよ!!


かくして神前結婚に相応しい「青空」が広がり始めた・・・わけで、誠に御慶!!な成り行きとなった次第。

・・・私の「天下無敵の晴れ男!」のおめでたぶりが、こんな局面でお役に立ったわけですなあ(笑)。



むろん先方はそんなことはつゆ知る由もないし、私が花嫁さんのために何かしらのオマジナイとか呪術とか念力とかを駆使したわけでもなく(そういう能力は皆無である)、実際には氷川の神様が結婚の祝福のために御神徳を発現された状況に「便乗」しただけ?・・・の牽強付会ではありながら、なんだかとても「私自身をも祝福された」感じがしたのですなあ!!



前述のように本来なら三鷹台ラフターのある日で、この時間帯に大宮にいることはないわけだからねえ・・・そして実は「そろそろ散髪にいかねば・・」というのがあったので(当初の予定では時期的にちょうど「ティルヴァンナマライの馴染みの床屋」でのつもりだった)、

どうせなら氷川神社参拝の前にこざっぱりした風体にした方がよかろう・・・ということもあって、朝一で散髪してそれから大宮へ出かけたわけである。

この床屋での「時間調整」が無かったら、今回の「奇瑞との絶妙のタイミングでの遭遇」にはならなかったわけで、やはりそこに御神意を感じざるを得ない。


そして、

「こういう具合に『お役にたつ』ことそのものを生業としたいものだ」

・・・という願望を、今回より一層強くしたわけざんすよ。



実際「無為徒食の遊び人」生活も、さすがにそろそろ終わりが見え始めてきているだけに、いずれはまた「お金を稼ぐ」生活を再開することになる・・・わけだが、それに際して

「将来に対する不安や心配」という動機から仕事を始める・・・ということではなく、人様に「祝福を届ける(仲介する?)」&神様を「嘉し寿ぎ幸わひまする」事こそをそもそもの起点として、何らかの仕事に従事したい!!

・・・というのが、昨今の最大の懸案事項なのである。



当初の予定では今日6日に「第28次インド計画」出発だったわけだが(関空発だったら難儀したことだろう・・)これは中止となり、一応来月に順延というオプションは残してあるものの、おそらく今年は「一回休み」となる公算が大きいだけに、


この大宮氷川神社での奇瑞との遭遇は、

(「アルナーチャラの宣伝・案内屋」はもとよりとして、)直接的にはラマナ=アルナーチャラとは無縁の方々にも、「祝福を届ける(仲介する?)」ような仕事、そして神様を「嘉し寿ぎ幸わひまする」仕事こそを「生業」としたい・・・


という希望について、神様の方から「それをより堅固にする」ように働きかけられたのだ

・・・という風に感じられたわけなのである。



実は案外この「天下無敵の晴れ男」自体が商売になるかもね、

「晴れ乞い」なら信頼と実績のシリウス・マハナンダへご用命を・・何か慶事や大切な戸外イベントを予定されている方で、当日のお天気が心配な方は、是非とも私をご招待されたし!!!

9割5分は「晴れる」・・・少なくとも「雨はやむ・降らない」こと請け合いざんすよん。


そしてもう一つの可能性?は、「大日本お気楽脳天気教」教祖ざんすねえ、わはははは・・・・・!!
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奉祝!第122回 ラマナ・アドヴェント・デー
2018-09-01 Sat 14:14
関係各位

皆様いかがお過ごしですが?

本日9月1日はラマナ・アドヴェント・デーです、 ラマナ・マハルシがティルヴァンナマライへやってきて122年となりました。



この佳き日に併せまして「臨在」サイトのエッセイコーナーに、「余はいかにしてラマナ信奉者となりしか?」その11を掲載しましたので是非ご覧ください。

前回に引き続き、私がラマナ=アルナーチャラへのバクティ&信奉心の基底となったエピソードの1つである、「南無大師遍照金剛」体験を紹介しております。


http://www.geocities.jp/ramana_mahaananda/personal-holder/essay011.htm



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さて、当初の予定では今月6日に出国し7日よりアルナーチャラ滞在の予定でおりましたが、浜松の施設に居住している母親(85歳)の健康状態が芳しくなく、医師より「心不全発症の兆候が増大している」旨の診断がありました。


「最後の看取り」まで対応して頂ける体制の施設でありますが、家族は私一人なので「旅だった後のあれこれ一切合切」は私しか対応できない・・・という事情を鑑みますと、「海外に長期滞在するのはいかがなものか?」ということで、6日の出発は断念するに至りました。


10月23日インド発以降のフライトはそのままキープ状態にあり、状況によっては期間を短縮して10月中旬にインド入りする・・という順延の可能性は残してありますが、今年の訪問・滞在は難しいかもしれません。



もっとも今年の場合は「現地での案内」などの事前のオファーやご相談というものが全くない・・という状況でもあり、「無理してくる必要はないぞよ」という御神意が感じられたれもします。↓


http://sirius02.blog6.fc2.com/blog-entry-1575.html



先日25日には岡山で実施された「ラマナ・サットサンガ」に参加して来ました・・・また同日同時刻に東京・千駄ヶ谷でも「ラマナ・サットサンガ」が開催される(こちらは毎月最終土曜午後の定常開催です)・・という誠に喜ばしいシンクロ現象となりました。


今後各地でこのような活動が展開されゆくであろう・・ことを大いに期待する次第であります。



では皆様のハートにラマナ=アルナーチャラの比類無き臨在と恩寵が満ちあふれますように!!


OM NAMO BHAGAVATE SRI RAMANAYA,
ARUNACHALA SHIVA !!

OM SHANTI SHANTI SHANTI
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「自覚的フリー神道イスト?」
2018-08-22 Wed 22:34
ラマナーアルナーチャラの元に来る者の「宗教的背景」は多岐に渡っている。

もちろんヒンドゥ教徒がかなり多いのは当然であるが(インド人の約8割がヒンドゥであるから)、ムスリムも来れば時にシーク教徒も来るし、西洋人の大半はクリスチャンである・・南インドだけにインド人クリスチャンも多い。

でまあアジア勢となると一応仏教徒となるわけで、韓国人僧侶などの訪問もよく見かけるし、日本人「僧侶」である方も数名存じ上げている。


しかしながら、神主さんとか禰宜さんとかの「ご神職」の訪問者にはまだ会ったことがない(親族に「ご神職」がいる方は数名存じ上げているが・・)し、「神道関係に入れ込んでいる?人」というのはあまり見かけないような気がする。




さて、私はというとあえて「自覚的フリー神道イスト」を標榜しているわけだが、

「余はいかにしてフリー神道イストとなりしか?」

・・・というのは2つの大きなエピソードによる。


そのどちらもある時に「いささか妙な体験」をしたからなのだが、


一つ目としては97年8月15日の出来事である。

それまで全く「神道」について興味すらなかった私だが、96年に最初のアルナーチャラ訪問から帰国した後は、何となく「神社」というものに惹かれるようになり、地元浜松周辺のいくつかの神社の参拝を始めるようになった。

そしてこの97年はエッセイに書いたように、思わぬ成り行きでアルナーチャラを再訪することとなり、しかも「ヤナギダ・ハウス」の留守番屋を打診され、全く想定外だった長期滞在となった年である。


http://www.geocities.jp/ramana_mahaananda/personal-holder/essay05.htm


で、結局その年は7月上旬に帰国し、故郷浜松の母の家に同居して派遣の工場勤務の仕事に従事することになったわけだが、8月のお盆休みとなって家でごろごろして過ごしていた。


そして8月15日敗戦記念日となって、恒例の戦没者追悼儀式があるわけだが、私の場合元海上自衛隊とはいえ旧軍にはもちろん関係はなく、家系を遡っても知る範囲においては「戦没者」はいない。


で、根が「懐疑論者」である私はその時に、

「こんな風に英霊や戦没者たちの魂を『追悼』することに、果たして本質的な『霊的な意義』は実際あるのだろうか?」

という疑念が浮かんだのである・・・つまり「こんなことをしても残された者への慰撫とはなっても、肝心の死者たちに対して某かの意義をもたらすといえるのだろうか?」

実際問題として「こんなことは無意味無駄ではないのだろうか?」・・・と疑問に感じたわけである。



で、そのちょっと後になって、唐突に「頭痛」に見舞われた・・・朝起きてからその時まで体調的には何ら異常がなく、身体的な意味での「頭痛を招来するような行為」などは一切していないに関わらず、である。

しかもぼんやりした痛みではなく、結構ズキズキと痛い。


何せ原因不明だけに「なんじゃこりゃ?」と困惑したのだが、ふと・・・


「これは先ほどの疑念に対して、『不可知のなにもの』か・要するに戦没者たちの魂というべきものが強く働きかけてきた・・のではあるまいか?」

と思い当たり、それならば「近くのお社に詣でてみたらどうなるか?」と考え参拝に行くことになった。

たとえ形だけのものであれ、「英霊&戦没者」の御霊(みたま)に対して哀悼の意を表しその鎮魂を祈る・・ことを、どちらかといえば「実験的に」試みようとしたわけざんすね。


そしてその結果どうなったか?・・・なんとまあそれまでズキズキ痛んでいた頭痛が嘘のようにさっぱりと消えてしまった!!・・のざんすよ。



さすがにこれには驚いてしまったし、このような体験をした以上、それまでと同じ「安易な心持ち&態度」で礼拝するわけにはいかなくなってしまった。

なんであれ「御霊(みたま)」と呼ばれうるもの、何かしら不可知ながらも畏まざるを得ない「おわしまする」もの・・・に対して、こちらとしても「それ相応の礼節」をもって対峙せざるをえまい。


以来お社参拝に際しては、礼儀に則り(手水で清めるとか、きっちりと2礼②拍手1礼するとかの)「しっかりとご挨拶し、こちらからもあれこれ「話しかける(単に願望を祈るだけでなく)」ことになった次第。





そしてもう一つは、アルナーチャラでの長期滞在を繰り返すようになってきた99年の秋に、オールドホールで座って「瞑想(のまねごと)」する度に、どういうわけか「和装の女神様」のヴィジョンが頻繁に脳裏に浮かぶ・・ようになってきた。


自信を持って断言するが、私にはそもそも「霊感・霊能力」なんてものは一切無く、いわゆる「心霊現象」も体験したことはないし、クリシュナムリティやニーチェの教えに共感する(現在でも)「透徹した懐疑」こそを信条とする立場である故に、自分自身に去来する「神的ヴィジョン」は頭から疑ってかかる・・・ことを旨としている。


で、この時もそういう態度を堅持していたのだが、そうでありながらもふと「ははあ、これはもしかして天照皇大神なのかな?」と思ったのである。

別になんらの根拠もない単なる「心象イメージ」・・あるいは私の無意識層の働きが意識へ浮上するため仮託された「象徴的イメージ」の解釈として、「天照皇大神なるもの」を思い出した・・・だけに過ぎない。



因みにそれまでの人生で伊勢神宮を参拝したのは、75年4月に中学3年の修学旅行で奈良・京都へ向かう途上に立ち寄った(浜松~伊良湖岬、フェリーで鳥羽のルート)際の1度だけ、この時にはもちろん何らの興味も関心もなく、内宮入口の「宇治橋と鳥居」以外には全く記憶にすら残っていない(笑)。


でまあ、オールドホールに座る度にその「天照皇大神」らしきイメージがとにかく頻繁に浮上してくる・・ので、「これは帰国したら一度伊勢神宮を参拝してみるか・・」ということになり、2000年の2月に25年ぶりに参拝した。

「興味と関心を持って自覚的に」という意味合いではこれが初参拝となったわけだが・・・・まあ、何というか「凄まじいまでのご神気」に圧倒される体験がもたらされ、すっかりこの「お伊勢さん」にも魅せられてしまい、以降「年に3回以上」という頻度で参拝するようになってしまった。


・・・かくしてこれまでの通算では50回を越えていて、回数としてはアルナーチャラ訪問よりも多いですな(笑・・まあ滞在日数では及ばないにしても)。


この伊勢参拝からさほど時間が経たぬうちに、これまたおかしな経緯でメキシコ・シティにて「グァダルーペのマリア」さまを参拝することになり、これもまたなかなか変梃な体験があって、以来このマリアさまも礼拝するようになった・・・もちろんクリスチャンではないし、お伊勢さんとは違ってその後は未だに参拝の機会がないのだが。


http://sirius02.blog6.fc2.com/blog-entry-945.html


まあそんな具合で「神様」とのおつきあいが始まって、その後「秋葉三尺坊大権現」さんとか各地の「弁天さん」や「お稲荷さん」参拝・礼拝も日常的な営為になって、現在に至る・・・わけざんす。

無為徒食の現状にあっては「人付き合い」よりも遙かに多く、あれこれと忙しかったりする・・(笑)



そんな具合なのでうちの仏間(兼瞑想ルーム)には、ラマナ=アルナーチャラを中心に日本やインドの神様やマリアさま・・・などなどが犇めくように?祀られていて、朝夕はそれなりの「儀式&礼拝&瞑想を行う」のが日常的なルーティン・ワークなのだ。


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一体全体、ラマナ=アルナーチャラへの信仰と、他の神様たちへの信仰が果たして両立するのであろうか?・・と疑問に感じられる方あるかもしれないざんすね。


しかしラマナご自身がそうであったように、現在のアシュラムにおいても参集者の宗教的背系によって待遇が異なるということは一切ないどころか、現地に来て「比類無き臨在と恩寵」を体験した者の中には、

「全く自分の信仰の対象を変える」必要などない!と気づくどころか、その信仰に対して以前より熱心に真摯に取り組む」ようになった・・・という事例も少なくないようだ。

(いずれ近日、臨在サイトのエッセイ・コーナーの方に、私の「信仰の基底」となった、アルナーチャラでの「南無大師遍照金剛」体験を紹介・掲載する予定ざんす)



かくして私は、ラマナのサマディ(聖廟)の前やギリプラダクシナ途上の参拝ポイント、そしてアルナーチャラそのものへの礼拝時に「柏手」を打ち(あまり目立たないように・・笑)、45度の敬礼や「マハナンダ祝詞」の奏上も行っている(インド流の五体投地式の礼拝も時と場所に応じて併用)・・・という「自覚的フリー神道イスト」なのざんすよん。


いずれ将来は「美代ちゃん大明神」も拝む・・ことになるのかしらん?わはははは・・・・・!!




付記


☆マハナンダ祝詞「完全版」(家及びアシュラム滞在中の毎朝の礼拝時に奏上するもの、各地寺社仏閣参拝時には「簡略版」を奏上している)


かけまくもかしこみかしこみもうす。

払いたまへ、清めたまへ。神ながら奇しき御霊、まもりたまえ、さきわひたまへ。

南無大師遍照金剛


畏くも、あまてらしますすめらおおおんかみ おわしまするところ


OM NAMO BAGAVATEE SRI RAMANAYA
ARUNACHALA SHIVA(アシュラム滞在時はこの部分が前項より先きになる)


オン ピラピラ ケンピラ ケンノウソワカ 南無秋葉三尺坊大権現

オン サラスワティ エイソワカ 南無弁財天 イチキシマサヨリヒメノミコト

オン シラバタニリ ウン ソワカ 南無ダキニ真天 稲荷大明神 ウガノミタマノオオカミ

ヴィヴァ ハレルヤ グァダルーペ マリアさま
 
始め、縁ある諸天・諸霊、やおろず数多全ての畏き皆様方の篤き御加護に深謝す

OM SHANTI SHANTI SHANTI 


この比類なき臨在の恩寵は、森羅万象に遍く降り注ぎ、その至福と安寧が漏れなく浸透し、荘厳せられます南無大師辺遍照金剛にありまして、

今ここに無限の喜び・無上の豊饒(ゆたかさ)たる私は、畏くも御神意(おおみこころ)の顕れそのものとして生かされ在る、常に新たなる地平・あなたの道具であります。


よりて、一切合切の丸ごと全体は、当のものそれ自体のアルナーチャラであるあなたにすっかり帰依し奉りまする。

OM SHANTI SHANTI SHANTI


畏くも御神意(おおみこころ)明らかにされたまひ、御導きを宜しくお示し下さいますように。

私の一切の言動は MAHA ANANDAよりいでしマコトであり、

あなたをよみしことほぎさきわひまする。


一切は不生の仏心にてととのふ

意識は常にあなたのもとに、それ自身として不動であります。

皆様に祝福と安寧を、世界に祝福と安寧を、嘉し寿ぎ幸わひ給へ。


今ここに、神の庭にて踊る祝福せし道化シリウス・マハナンダ・鈴木尚志、その「あるべきようは」の筋の全うし、かけまくもかしこみかしこみもうす。

とほかみえみため、とほかみえみため。
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見所満載ざんす!!
2018-08-18 Sat 22:23
おやおや、随分と間が空いてしまった、時にこういう時期があるざんすね・・・って別に原稿料もらってるわけでも、大勢の読者がいるブロガーでもないからどこからクレームが入るわけでもなく、実際問題として何ら問題もない。




しかし立場上?・・・・一応15日と16日という日付についての記事を掲載しておきたい。



8月15日

日本の敗戦記念日であるが、インドでは英国からの独立記念日であり、ラマナアシュラムでも朝食前に食堂屋上の広場にて、「国旗掲揚」が行われ、参集したインド人たちは「国歌斉唱」する。


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もちろんラマナご自身は一連のインド独立運動には全く無関心であったが、「独立の父」マハトマ・ガンディはどうにかしてラマナとお会いしたい・・・と熱望していて、

ある時「国民会議派」の演説会がティルヴァンナマライで催されることになった際に、ガンディは自分に充てられた演説時間を短縮してまで時間を作り、アシュラムに出向いてラマナに会おうとした。

・・・のだが、それを知った政党幹部たちにひき留められてしまい止む無く断念。

幹部たちがガンディの行動を阻止した理由は、

「今ここでガンディがラマナに会ってしまったら、ガンディは『インド独立』という政治的熱意を失ってしまうかもしれない」

・・・と本気で心配したから、らしい。

かくしてガンディはラマナに会う機会のないまま1947年に生涯を閉じる。





そして16日は私の恩師である故・柳田侃先生(日本ラマナ協会会長・甲南大学名誉教授)のご命日であった。

逝去されてもう14年になるのですなあ・・・。

ということで、2001年にナチュラル・スピリットの季刊誌「STAR PEOPLE」第4号に掲載された先生のインタヴュー記事を再掲しよう。



http://www.geocities.jp/ramana_mahaananda/information/newsletter03.htm






閑話休題、

この間の最大の出来事としては、ガーデン全体がなかなかのリニューアルとなった・・・ということではある、ちょっと前にブログに写真をアップし「近日中にこんどこそ紹介文章掲載スタート!!」と書いたのだが、今回もやはり空振りでしたな、その時撮影した写真とはかなり様相が変化しているからなあ・・・・。

と、それで何だか似たような話があるなあ・・・と思い出したのは「ラマナアシュラム」他アルナーチャラ各地でこれまで度々撮影してきた画像なのですな。



インドの経済的発展の影響とアシュラムの「改修工事好き」な性格の双方が相まって、「臨在サイト」への掲載がもたもた遅れているうちにすっかり様相が新しくなってしまい「お蔵入り」になった写真が数多あるのざんすよ。




それはさておき、この間には携帯がイカレてしまって(4年前に買った5年落ちの中古だったから無理もないか・・笑)、やむなく新調・・・・今回もやはり5年落ちのガラケーであるが、新古品なので耐久性の方は大丈夫であろう。



その他、7月15日にウェブ注文した「冷風機」が昨日ようやく到着・・・・なんとも雑な包装ですなあ。


https://awesome-technology.com/aircooler/JP/a-146/?utm_source=facebook


さっそく試してみたがやはり所詮は「気休め」であることは予想通り・・・ではあるが、昨日から猛暑が収まり大変快適な気候がしばらく続くそうで、冷却効果自体が実感できない、というだけでなく、「しばらく出番がない・・」という大変お間抜けな事態である。


注文して届くまでに1ヶ月と2日を要したというのは最低な話であるが、それも半分は悪名高き「中国の郵政事情」に見事に引っかかってしまった・・からでもある。


作りもいささかちゃちいので、これで割引価格1万円といわれてもあんまりお得感はなし・・・ただしデザインはなかなか良いし、予想した以上にサイズがコンパクトなので(その分冷却効果が制限されるのだが・・)、その気になればインド旅などに携行可能である・・というのはなかなか評価出きるかな?

インド及びアジア各地での「ノンエアコンの安宿」では、そこそこ重宝するアイテムとなる・・かもしれないざんすからね。







まあとにかく相変わらず暑いし、冷風機はなかなか来ないし、実際作業としての労力的意志はガーデンに傾注されていた・・・ということで、なんだか文章を書く気力が出てこない状態であったわけざんすよ。




もっともそれなりに思わぬ収穫・発見もあって、11日の身体詩ワークショップでのインプレッションもあるし、先日北本図書館へ行き池澤夏樹氏の著作とオイリュトミー関連書籍の再かり出しをした(結局4週間の間全く読んでない・・笑)のだが、時間つぶしで何となくパラ見したスピ系の書籍が結構面白く、同じ著者(桜井識子さん)の2冊をそのまま借りだしてきた。

東京大神宮や豊川稲荷別院の話も出てきて、ほほう!・・と言う感じですなあ、まあ全ての内容を肯定するということではないが、ううむ、なるほどねえ!!という啓蒙的なガイダンスであり、文章自体がかなり面白いざんす。

ブログの方も見てみたし、蔵書検索すると北本&さいたま図書館でそこそこ揃っているようなので、順次借りだしてみよう・・・難しい解説本ではないので、これはするすると読み進められるざんすからね(鴻巣図書館には何故か全く所蔵がない・・笑)。


https://ameblo.jp/holypurewhite/





しかし皮肉なことに、冷風機がようやく到着した途端に猛暑も収まって湿度が低くてどピーカン!!・・・こういうお天気にはやはりパガニーニの音楽を聴きたくなりますなあ!!

やはりお天気が良いというのは気分に大いに作用するのだねえ・・・となると出きるだけ「年間の日照時間が長い」地域に住みたいわけだが、よくよく考えると静岡も埼玉も日本の中では確か「年間日照時間」が長い方にランクされていた・・ような覚えもあるのだが(笑)。









そしてYoutubeには久しく待望であった「寺内貫太郎一家 98秋スペシャル」の全編動画がアップされたではないか!!・・・






ご奇特な方が動画全編アップしてくれた・・・もっともどうやら12日のCS放送録画ではなく、98年放送時の録画のようであるが。


作品そのもの自体初めて視聴したのだが、74年オリジナルシリーズの設定そのままでの「24年後」となっていて、由利徹と左とん平もオリジナルと同じ役で出演している。美代ちゃんは昭和53OR54年に寺内家でのお手伝いをやめて、縁あって栃木のこんにゃく屋に嫁入りし、「美鈴」という娘がいる・・という状況になっている。



回想シーンとして74年の映像も挿入されていて、お馴染みヒデキと美代ちゃんのデュエット・シーン・・しかもシリーズ中最高に美代ちゃんが可愛い第3話(74年1月30日放送回)のものではないか!!・・・・婆ちゃんとのコンビで「天地真理のモノマネ」「ビンタ張り合い」「ご飯投げ」再現の他、「無駄にこける」ギャグや「第28話」での「デパートでの買い物・金の玉」事件ギャグシーンの再現や、回送シーンとは別にあらためての「24年ぶりのヒデキとの屋根の上での劇中歌デュエット」もあり、ファンとしては実に見どころ満載ですなあ。



これに先立つ91年の「新・寺内貫太郎一家」では諸般の事情で小林・加藤以外のオリジナルメンバーが出演していなかった・・こともあり、全員そろって再集結したこの98年版では、オリジナル・シリーズへのオマージュが大変濃厚で、かなり感動するざんす!!

削除される前に是非ご覧あれ!!



しかしこの作品も既に「20年前」のものなのだよなあ・・・由利・加藤・左・西城の4氏と演出とシリーズ全体の制作者である久世氏も既に鬼籍に入っている。



さてお次は2000年版だが、これも動画全編アップを期待したいざんすねえ・・・もっとも知人には「98秋スペシャル」共々バックアップ録画を依頼しているわけでもあるが(その方が画質クオリティは高いであろうし)。







そんな具合でようやく懸案事項にけりがつき、待望であった「寺貫98秋スペシャル」の全編視聴も実現し、ようやく気合いも高まってきた?ので次回の臨在サイト掲載予定である「余はいかにしてラマナ信奉者となりしか?」その12だけでなく、「余はいかにしてフリー神道イストとなりしか?」的なブログ記事を書こう・・というつもりではある。


実は私が「フリー神道イスト」となった経緯には、8月15日の「敗戦記念日」に体験したあるエピソードが大きく影響しているので、本当は期日を合わせて執筆・掲載したかったのだが、ずるずるしていて時期を失してしまった。

まあ来週の「夏季巡礼旅」パート2出発前までに・・というか、ここ一両日中(三鷹台ラフターの前日まで)にアップしたいと思うざんす。



また臨在サイトのエッセイ、「余はいかにしてラマナ信奉者となりしか?」その12の方は、私が「ラマナ信奉者」を強烈に自覚することになった3つの体験のうちの2つ目である「南無大師遍照金剛」体験について書く予定・・・・これは、「夏季巡礼旅」パート2から戻ってからですなあ。


というわけで、皆さま乞うご期待ざんすよん、わはははは・・・・・!!
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「出かけない」大義名分
2018-08-02 Thu 22:32
さて8月に入ったわけだが、なんだか7月がやたら暑かったせいもあり、随分長く感じられたのだが、これからが夏本番なのだからねえ。


先日の迷走台風12号が関東に来た土曜午後の千駄ヶ谷サットサンガ・・には直前まで迷い久々に易占までたてたのだが、結局出かけることになった・・・往路はさほど風雨も強くなく会場に到着。


で、主宰のSさんによれば一応この千駄ヶ谷サットサンガは、毎月「最終土曜日午後」で定常的に開催していく・・・とのことである。

となると8月は25日で私は岡山サットサンガの方に参加であるが、しかし同日・同時間に東京と岡山でサットサンガが開催される・・・というのはなかなかに素敵なシンクロではないか!!



おそらく今後もあちこちでサットサンガ開催の運びになるであろう・・と思われるので、このたび「臨在」サイトに「各地のサットサンガ」情報コーナーを新規編入したざんす。

http://www.geocities.jp/ramana_mahaananda/satsang.htm


体裁としては「定常的開催」である高田馬場・千駄ヶ谷・所沢については個別に紹介し、「不定期・単発」企画のものは「情報フォーラム」へリンク・・・という形にした。

(おそらくはいずれ岡山も「定常的開催」の方へ移行する・・と思われる。)


一方で建前として「特定のグループによるゼミナール形式」でのイベントについては、「そのグループへの入会手続き」が参加の前提条件となっているもの・・は掲載しないという基準を明記した。

この方針についてはあるいは異論もあるかもしれないが、そこはそれ・・・「臨在」サイトはあくまで私が「おおいなるお節介」として、「情熱的道楽」で好き勝手に管理している個人サイトであるから、大いに「独断と偏見」が全面に反映されるケースもある・・わけなのざんすよ。




さて一方で「第28次インド計画」の大幅な旅程変更&夏季巡礼パート2急遽立案のきっかけとなったのは母の居住施設からの連絡なのだが、肝心の「診断書・確認書」はまだ来ないですなあ。

実は案外「母の身体状況」そのものはさほど問題にするに値しないレベルのものなのかも?・・・私の方で「過剰反応」しただけ・・だったりするかもね(笑)。



そんなわけで「出発順延」というのも、まだ完全決定というわけでもない・・のざんすよ。


状況的には、「夏季巡礼パート2終了の今月末段階で決断する」というのも時間的にはギリギリの線ではある・・・「やはり9月6日で出発しよう!」なった場合、実際問題として大変なのはインドヴィザ申請・受け取りだけなわけで、

その対応策としては、

1・今回は出発直前にEーツーリストヴィザを申請する。

2・従来の予定通り8月中旬に申請し、夏季巡礼パート2前後に取得しておく。


・・・・のどちらかとなるが、後々のことを考慮するとやはり2が順当かな? 

出発が10月に順延となっても、インドヴィザの有効期限は半年なので8月に発給されたヴィザで10月に入国する・・のはなんら問題ないし、もし「インド行き完全中止」となった場合でも、損額は申請料金の約2千円ほどで済むわけだし。



しかしまあ何というか母の問題もさることながら、実際問題として今年に関してはこれまでとはかなり状況が異なっているのですな・・というのは、そもそも「アルナーチャラ訪問・滞在」について、

私自身として「是が非でも行かねば・・」という情熱的切迫感自体が例年に比べると「かなり低調?」なのである。


もっともこの情熱的切迫感に突き動かされての滞在・訪問は年をとるにつれ希薄化しつつあった・・・だけに、

「憧れ続けたアルナーチャラに、これからいよいよ訪問・滞在する!!」・・・という純粋なる熱意でアルナーチャラへの旅を計画している方々からのご相談を受けるたびに、その情熱が少々羨ましなったりもする?わけだが(笑)、

それでもこれまでは「宣伝・案内屋」業務という大義名分が常に、「アルナーチャラへの長期滞在」という営為の起点にあった・・訳である。



ところが今年の場合、現状において「現地でのご案内」に関しては全然オファーがないのですな・・これまでのように

「私の現地滞在中に併せて旅程を組む」ということで事前に連絡を頂き、ご相談を受けながらそれに沿って事態が進行中・・」

というケースが一つも無い。

もちろん毎度のことながら旅程中に「現地でばったり」お会いする方はあることだろうし、リピーターの方も少なからずいらっしゃることであろうが、とにかく事前にご相談を受けていない以上、私としても日程を遵守する必要性はないわけである。


しかも今回ちょっとした手違いもあって、アシュラムの滞在許可がわずか5日しか出ていない・・という状況があって(4年前も同じ状況だった・・この「滞在許可」がどうなるか?は毎回結果が異なる・・笑)、

更には今年は特に、ギリプラダクシナの回数に関わる拘り・・というのもない(昨年は柳田先生のご命日の「8月16日に400回目を歩く!」・・という大前提で旅程を組んでいた)。



・・という状況下にあって、母の体調懸念というファクターがこれまで以上に看過できないとなると、特に「大義名分もない長期滞在」の実施はいかがなものであろうか?・・ということになってくるのである。



まあ正直なところ、「長期滞在する」ということにかなり拘りを持っていたのは事実であり、それが「アイデンティティを担保する」営為であった・・ことは否めない。


もちろん結果的にそのように滞在を繰り返してきたこと自体は、単に私の意志を越えたところでの「ラマナ=アルナーチャラ」の恩寵の顕現である。

「神の道具」として機能するためにそのようなプロセスが必要であったのであろうし、

「山のお姿」としてのアルナーチャラに対応する「身体的」レベルでの「私」の関わり方のフェイズが、カルマの因果・縁起に寄って、そのような形として実現しているのだ。

・・・ということである以上、その外面的プロセスは絶対的なものではなく相対的に推移するものである・・ならば、そろそろようやく?新たなる局面に移行してきたのではないか?



つまり現在にあってはもはや、かってのような「数ヶ月単位での滞在」は必要事項ではない・・・ということ、そのような営為自体をアイデンティティとすることは現段階では無意味かつ有害ですらあること、

そして何よりも、それに依存しなくても、

いつどこにあろうとも「ラマナ=アルナーチャラ」そして「神様」を実感しうる境地?になってきた

・・・ということのような気がする(笑)。



で、そんなことをつらつら考えていた時に、前回の記事で紹介した「注連飾り落下・宙吊り」事件が発生した・・・わけである。

その結果として(紹介した「弁天様の御札」の件はそれはそれとして)、

これまで注連飾りで幾分か隠れている状態だったアルナーチャラのお写真の全容が「完全にクリアに見える」形になった・・・のですな!!


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ご存じのように「注連飾り」は「結界」を意味する・・わけでもあるが、右側の注連飾りで囲まれた結界エリアには、天照皇大神・弁天様3柱・鴻神社・大宮氷川神社の御札も祭られているわけで、これらの神々のサイドの結界が放たれる・・・ということに、やはり御神意の一端を感じざるを得ないではないか!!


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いつどこにあろうとも「ラマナ=アルナーチャラ」そして「神様」を実感しうる境地?になってきた・・・のかな?

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云々ということを、大いに確信する(妄想だとしても)に相応しい、御神意の啓示・・・に相応しい象徴的な出来事ではないだろうか?



地理としての「南インド・タミルナドゥ州のアルナーチャラ山」ではなく、日常営為の展開されている『ここ』に、(結界なくしても)顕現されたもうている。

しかも「日本国」を意味する天照皇大神も然り、現在住んでいる鴻巣という場所に重要な意味を持つ鴻神社と大宮氷川神社までも・・・ということにならないだろうか?



そしてこの事件を契機として、それまで想定外であった「岡山サットサンガ」への参加が決まった・・だけでなく、秋田のHさんとのやりとり&長野のYさんからの返信を通して、

「アルナーチャラの宣伝・案内屋」としての在りようについて、あらためてそのポジションの正当性?を再確認することが出来た・・感じがするわけでもあって、どうも今回の一連の成り行きは、

「アルナーチャラへ『行かない』ことへの大義名分」としても機能している・・のざんすねえ(笑)。



そしてその晩の礼拝時に垣間見た「瞬間的白日夢」に登場したラマナは、

どこか浜松の「母の居住している施設」の周辺を思わせる田舎の道を、まさしく施設のある方へ向かって歩かれている・・

というものであった・・・酷暑厳しい日中なのにラマナはやはり裸足で歩かれているので、私としては「さて、どうしたものか・・・それとせめて『日傘』をご用意しなければ!!」

と慌てている・・うちに目が覚めたざんす(笑)。


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これもまたなかなか意味深なヴィジョンではないか!!






それはさておき、「美代ちゃんの夢」はラマナ以上になかなか観れないざんすねえ・・・・ということで、最近アップされた初出動画を鑑賞するが宜し!!





そして最近のヤフオク落札の「美代ちゃん」アイテムはこれ!!・・・・なんとデスクマットなのですなあ、さてどこに飾ろうか?・・・と考えた挙句、パソコンカバーにちょうどいいサイズざんす。


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しかし「協力 週間少女フレンド」のアイテムだけに、バラの模様がなんとも・・・57歳のおっさんの部屋には強烈な違和感、こんな奴とはあんまり仲良くなりたくはないですな、わはははは・・・・・!!


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それぞれの「大義名分」
2018-07-27 Fri 22:54
本日27日はインドの暦では「GURUPOORNIMA」の満月で、どうやら「サットグルの臨在と恩寵に感謝する特別な日」にあたるらしい。


というわけでニュースを一つ、ナチュラルスピリットの「ラマナ関連書籍」Kindle版計画第3段として、「ラマナ・マハルシとの対話・第3巻」が発刊されたざんす!


http://www.naturalspirit.co.jp/book/b373467.html




ところで「第28次インド計画」であるが、予定している9月6日の出発を順延(あるいは中止)する可能性が高くなってきた。


というのは浜松の母が居住している施設から下記のような連絡が来たことに端を発している。


>>>>

最近の定期検診採血検査によると「心不全兆候」の昂進が認められる模様・・・とのこと。

なので近日中に「医師の所見と施設からの確認書」を送るので、目を通して署名して返送されたし。

ご不明・心配な点は施設が委託している「在宅クリニック」へ直接電話連絡して、より詳細な状況を確認してください。


<<<<<



まあ年齢も85歳であり、この際「心不全」で一発で旅だってくれた方が良いかも?・・・などと不謹慎なことを考えたりもするのだが、

ありがたいことに旅立つまでは「施設の方に完全にお任せできる」ものの、私しか子はいないため「その後のあれこれ一切合切」は私がやらなくてはならない・・・という事情があり、

そういう意味でも「外国に長期で滞在するのはいかがなものか?」・・・というわけだが、それに加えて今年の場合は、私の滞在期間中に現地を初訪問する(あるいはそれを前提に計画したい)のでご案内を・・・という事前のオファーやご相談が皆無(昨年は複数名いらっしゃって切れ目がなかった)という状況でもあり、 まあそれならば「無理に心配を抱えたまま出かけなくてもよいのでは?」・・・という次第。



もっともエアアジアはキャンセルしても返金不可なので、10月22日のインド出国便以降はそのままキ ープしておいて、母の様子を見ながら10月中旬にアルナーチャラへという感じに順延する・・・方向に傾きつつある(あるいはインドは断念してバリへ直行、バリも断念してペナンへ直行、あるいは全旅程中止もあるかも?・・・と段階的に適宜検討する予定)。



一応近日中に主治医と相談して詳しい状況を確認してから最終判断するつもりだが、おそらく9月6日出発は順延することになる・・・と思われるざんす。





ところでその一方では、8月23~28日の日程で「夏季巡礼パート2」を実施することになった・・・のだが、そもそもこれは25日に予定されている「岡山サットサンガ」がきっかけなのである。


http://sirius02.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=5897204


このサットサンガを主宰するFさんは、昨年初めてアルナーチャラを訪問・滞在した方で、その際にあれこれとサポートしたこともあって、さてどんな具合かな?・・・と興味津々なのだが、

関東在住の私にとって岡山という地はさすがに心理的にも遠く、その上「9月6日」インドへ出発となると諸般の準備でバタバタしてくる時期と重なるだけに、なかなかおいそれと出かけられるものではない。



ところがインド行きの出発順延の可能性が出来したことに加えて、なかなか象徴的な出来事が連続して発生した・・・が故に、岡山行きを前向きに検討することになったのである。


でまあ、その象徴的出来事というのは、


>>>>


仏間祭壇右側の注連飾りを吊っているフックが猛暑の影響だろうか?片方の接着面が剥離して落下・中吊り状態になった。

面白いというのは、剥離したのはその1個のみなのですな・・・4個全部落ちたならさておき、どうしてその一個なのか?

理由は不明であるが、その結果として特に何か意味を忖度したくなるのは、その衝撃の影響で「宮島」の御札だけが落下した・・・という点なのですなあ(位置的に竹生島と江ノ島に挟まれていて、この札だけが落ちる・・のはいささか不思議)。

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今年冒頭に、やはり秋葉三尺坊大権現さんの御札だけが落下した際には、「電源コンセント焼き焦げ、危うく小火」事件を未然に察知することがあっただけに、

http://sirius02.blog6.fc2.com/blog-entry-1540.html


いささか気になってくる・・わけで、よくよく考えてみると春の「ウルトラ大巡礼」では今回宮島はパスしてたからなあ・・・「こっちにも挨拶に来い!」という意味なのか知らん?(この宮島の御札のみ新調されていない・・のですな)


で、宮島参拝を検討するとなると、岡山と広島は近接していて関東からなら同じ方向になるわけで、それならば8月25日の岡山サットサンガと連動させてその前後に宮島・弥山へ・・というのはなかなかに素敵なプランではないか!!


・・・ということでざっと宿状況を検索してみたが、広島も岡山も週末ながらカプセルホテルが確保できそうな様子である。


そしてアクセスとしては18キップシーズンであるものの、岡山までなら寝台特急「サンライズ瀬戸OR出雲」があるだけでなく、面白そうなのは「東京~徳島」の長距離フェリーの存在なのですなあ・・・特に後者にはかなり惹かれるものがあるざんす、やはり旅は「船旅が最上」だからねえ。


http://www.otf.jp/



かくして旅程としてはあれこれ考えたあげく下記のように決定したざんす。


>>>>>>>


夏季巡礼旅パート2

23日(木)夕方 東京・有明より長距離フェリーで出航、船中泊。

24日(金)昼過ぎ 徳島入港後鉄道(18きっぷ)で岡山へ、岡山泊

25日(土)午後 岡山サットサンガ参加 岡山連泊

26日(日)広島へ移動(18きっぷ)、宮島厳島神社参拝 広島泊

27日(月)宮島・弥山早朝登頂&参拝、昼過ぎ新幹線利用で一気に静岡経由興津へ 定宿の「駿河健康ランド」泊

28日(火)午前 三保の松原訪問 18キップで清水発、三島大社&熱海来宮神社参拝、熱海からグリーン席利用でそのまま鴻巣へ帰還。


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岡山連泊はカプセルだが「個室仕様」の部屋(朝食付き・岡山駅から歩7分)連泊で7500円を予約、広島の方は宮島島内はやはり適当な宿がなく、広島駅近のビジネスホテル(大浴場あり)4950円を手配。



今回は宮島と岡山に絞り込む形として、今月の夏季巡礼パート1で参拝した伊勢・豊川・可睡斎・江ノ島はすっぱりとパス、京都は入れたかったが今回もパス。三保松原と三島&熱海はまだ浅馴染みなので今回も参拝・・・という編成ざんすね。

もっとも初日の23日は晩方の出発なので、その前に「東京大神宮」と「豊川稲荷東京別院」に参拝する予定。






まあ今回に関しては「移動については『ある程度の贅沢』を許可」しよう?・・・というのはこれまたいささか事情があって、

実は8月24日という絶妙なタイミングで、これまで母が加入していた生命保険が満期を迎え、その満期金が入金される・・のですなあ。


なので旅費についてはそこから捻出しよう・・・というわけで、そもそも18キップシーズンだけに、これがなければ「往路の船旅&帰路の新幹線」なんて贅沢は採用しないざんすよ。

(・・とはいうものの、贅沢は移動手段限定、宿は相変わらず安宿だし食事についても今回は宮島の牡蠣や三島の鰻はパス・・もっとも宮島の「アナゴ飯の駅弁」は食す予定・・笑)。



しかしこの絶妙な日付で満期金が入金される・・・という符合、そしてその生命保険会社は「太陽生命」という名称なのだが、

https://www.taiyo-seimei.co.jp/index.html


この「太陽生命」という文字列は→「天照皇大神」と読み替え可能なのではないか?


・・・というのはかなりのこじつけ・牽強付会とは言うにしても、要するに神様は軍資金の世話までしてくれた上で、「出かける」大義名分を用意して下さったわけざんすねえ、わはははは・・・・・!!



そしてきっかけとなった「注連縄落下事件」は、もう一つ別のフェイズに於いても「御神意の顕現」を感じ、畏まざるをえない感銘を受けたのだが、これは逆の意味での「大義名分」を示唆して頂くことになった。


これについては次回に続くざんす。
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「御神意」あれこれ・・
2018-07-16 Mon 21:52

某所にてひょんな成り行きから、「さる高名なる覚者」が普段の生活上で『身につけられていた着物』を拝顔するだけでなく、そこに居合わせた数名で「羽織るOR袖を通す」という大変貴重な体験をさせていただいたのだが、鈍感な私ですら何かしらの霊威を感じ取ることができ、何とも畏れ多く身の引き締まる想いがした。


しかし後になってよくよく振り返ってみるとこの体験は、実存的な意味合いでもなかなか啓示的な体験だった・・・のですなあ。


というのも私のアイデンティティとしての「神の庭にて踊る道化」はどんなコスチュームなのか?とイメージすると、アイテムは「扇子」と「打出の小槌」で足はもちろん素足、そして「道化のトレードマーク」である「フールスキャップ」については、是非とも「ラマナの褌」で作りたい!・・などという大それた妄想があるのだが(笑)、


一方でどんな服装が適切なのかな?・・・と考えたときいまいちイメージが不鮮明だったのだが、今回「名高い覚者の着物を羽織らせていただいた」ということは、

「神の庭にて踊り・祝福する」という営為には、これほど相応しい衣装はあるまい・・・和服なので「羽衣」をも連想されるだけに。


かくしてこのいささかぶっ飛んだ素っ頓狂な道化の片足は「霊性の世界」にも属している・・・ことを、図らずも御神意として啓示されたもうた・・のかな?

・・なんて思いたくなるわけである(全く予想外のことだったし)。



もっともその後の夢見として、


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TAICHI-KIKAKUの新たなる演劇公演に出演することになり、かなりスピリチュアル要素が濃厚でこれまでに体験したことが無いほどの「霊的・内的に精緻な表現」が要求され、演出のモリムラさんにビシバシと厳しいダメだしを連発される・・・

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というもので、詳しい分析は省略するがこれは相当にシンクロしているヴィジョンといえるだろう。



さてそれはそれとして、今回の夏季巡礼・・あちこちのお社&お寺でもこれまた予想外にいろいろとインプレッションがあったざんすねえ。


「あんたねえ、こっちはこっちの都合でやってるんだからさ、そんなに急かしたり慌てたりしなさんなよ」

というのが、可睡斎の不動堂前のゾーンで踊っていた?(ここは殆ど誰もいないので・・)時のインプレッションなのであった・・・しかも、

「待ってる間の暇つぶし用の娯楽やおもちゃもいろいろ用意してやってるでしょうが!」

ということで、なるほど例えば「美代ちゃん」道楽もおそらくその一つなのだろう(笑)。










まあこれはあくまでジョークとしての御神意なのだろうが、同時にもたらされたのが、「技を磨け!」というもので、これはまさしくお不動さん&秋葉三尺坊大権現さんのご託宣と受け止めるべきであろう。



そしてもう一つは江ノ島にてのインプレッション・・・。


「岩屋」参拝の後でベンチにて休みながら、あれこれのことをいささか「妄想チック」に展開している私自身をふと省みて、「おいおい、こんなことを考えてたら非常識だよなあ・・」と冷静に反省しようとした途端、頭のどこかに全く別の言葉が閃いた。

「何を今更!!・・・あなたね、もう十分非常識にぶっ飛んでるのよ」

と、これはどうやら弁天様からのインプレッションだったようだ(笑)。


その前に小田原では前回「手相」を観てもらったSさんに今度は「数秘術」のリーディングをしてもらったのだが、このSさんも「サラスワッティ」関係者だからねえ。


で、数秘術の鑑定それ自体は前回の手相ほどの驚きは無かったのだが、しかしながら手相同様にそっちでも結局私の運命は、

「神様関係」の業務に「気高く」邁進すべし!!

・・というご託宣なのですな。



そういえばその後のRANANA ARULでの親睦会では「天河弁財天」のこともいろいろ詳しいお話が出てきて、ううむ、これはまたいずれ参拝することになる・・・のかな?



そんなこんなで今回の巡礼を総括すると、

「御神意によるプロセスを受け入れ、焦らず・慌てず・急かさずに待ちながらも、『技を磨く』」

・・・ということになるようだ。


「技を磨く」なんてあたりは前述の「夢見」でも重要なモチーフとなっていたわけだが、では具体的には何をどのように?

・・・というあたりについては、既に着手し始めているがまたいずれ記事にしたいと思う。



そして今回の夏季巡礼のラストはそのTAICHI-KIKAKU主宰のワークショップだったわけだが(ちょうどオーハシさんの誕生日でもあった)、各お社&寺院で頂いた御神徳やインプレッションと新月のパワーも相まってなかなか素敵なセッションであった。


特に随分久々に「3つの椅子の物語」のイメージ・ワークをやったのだが、そこに出てきたのが、

1・怪獣ギャンゴ(初代ウルトラマンに登場した道化チックな怪獣)、

https://dic.pixiv.net/a/%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%82%B4


2・豊川稲荷お使いの白狐


3・大日如来(ビルシャナ仏)

・・という面々で、ギャンゴと白狐との対話ではそれぞれに含蓄のあるメッセージを送ってくれたのだが、大日如来さんはなんと最後の最後にまさかの

「がちょ~ん」の一発ギャグ

というのがねえ・・・まさか仏様がギャグをやってくれるとは大感激したのであったよ、わはははは・・・・・!!








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「全てを相対化する視点」
2018-07-09 Mon 21:38
ちょっとここ数日大きなニュースが続いているわけだが、私としてはやはり6日の「オウム首謀者たちの死刑執行」について所感を書いておきたいと思う。


あの教団が台頭してきた80年代半ばというのは、私は20代後半でまだインドに出かける以前の頃である。

とりわけ90年2月にオウム真理教が衆議院選挙に大挙して立候補した際には、




私が当時住んでいたアパートは麻原教祖が立候補した選挙区内にあっただけに、街頭での選挙パフォーマンスも直に見ていたし、アパートの郵便受けには毎日のようにチラシが入っていて、私としても「オウム真理教」という存在は以前から大いに「気にかかる」対象であった。



その頃は「演劇青年」だった私だが、30歳という「区切りの年齢」が迫ってくる中で自分自身の方向性と現状の乖離に懊悩して何か「突破口」を求めていただけに、アプローチとしては「自己啓発系そのもの」である彼らのパンフレットの内容はなかなか魅力的に感じたし、セミナーなどに参加してみたい誘惑に駆られたりもした・・のである。


もしあの時「参加」していたらどうなっていたであろうか?

私はかって海上自衛隊の下士官(職業軍人である)であり、潜水艦乗務員という経歴を持っている・・・・ひょっとしたら一連のテロ事件に「加害者」として関わってしまい、今頃は獄中にある・・・ となっていた可能性もあったのかもしれない。


だが結局は一度も関わりを持つことはなかった。

1つには、教団が主催するあれこれのセミナーなどの受講料が「かなり高額なお値段」だったからであり、 そして何よりも麻原教祖の写真にどうしても「品格」というものが全く感じられなかった点であった・・・・。

これは全く根拠のない直感であったのだが、その後インドへ出かけるようになって、インドの諸聖賢たちのお姿に備わっている「品性・品格」というものを知ると、その対比は著しいものとなった。


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まして今更ここで言葉を連ねる必要すらないだろうが、とりわけラマナのご尊顔、特にその「瞳」については、信奉者だけでなく少なからぬ人々がその魅力に惹かれている・・わけでもある。




そして死刑執行の翌日7日という日付は、私にとっては「第1次インド計画」・・・つまり「初めてのインドへの旅」へと成田から飛び立った日なのであった。

・・これはその選挙で彼ら全員が落選して数ヶ月後だったのだが、もう28年前になるのですなあ。


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この旅はインド半年・ネパール3ヶ月・タイ2ヶ月・香港&中国1ヶ月の約1年に及ぶものとなり(帰国日は91年6月20日・・14年後の同日に「刃傷事件」が起きる・・笑)、私の人生に画期的な大転換をもたらすことになったわけで、かくして今年は「第28次インド計画」が控えている次第(笑)。



さてそこで思うのは、当時オウム真理教へ入信した人たちにしても(今回死刑執行された首謀者たちの大半は私と同年配である)、

もしその前に直接インドへ行って、かの地のあまりに多様かつディープなスピリチュアリティの様相に対峙していたら・・・?

また同時に、彼らはクリシュナムリティやラマナという聖賢の存在と教えに出会うチャンスはなかったのか?・・あるいはあってもスルーしてしまったのかなあ?

・・・ということでもある。


80年代始めにラマナ関連書籍は既に「ラマナ・マハリシの教え」と
「南インドの瞑想」そして「秘められたインド」の3冊が出版されていたし、

http://www.geocities.jp/ramana_mahaananda/information/ramana-books.htm


クリシュナムリティの著作はかなりの点数が出版されていた・・わけで、オウム真理教に取り込まれ洗脳される前に、これらの書籍に出会っていたら・大いなる関心を抱いていたならば、随分と違うプロセスとなった・・のではないかなあ?

・・・と思うのである。


というのは私自身にとっても、親が○価△会の信者なのでまあ随分と影響を受けてしまった経緯があり(実際熱心に活動していた時期もある・・)、あそこもやはり「この信仰を捨てると地獄に堕ちる」的なアプローチで、離反を阻止する構造である。

(これ自体は明らかに「脅し」だし「洗脳」なのだが、一般レベルの善良なる信者たちにはそんな意識は毛頭無く、大いに親身になって「地獄に落ちて惨めな人生を送る」ことを「心配」してくれる・・だけに始末が悪いのだが)


子供の頃からこういう「ネガティブ・メッセージ」に晒され続けて成長すると、大人になって教義や組織に反目してもどこかに「離反する恐怖」が残存して、これがかなり心理的に「馬鹿にならない影響」を及ぼし続けるのだが、

私の場合はそれを「完全に払拭」できたのは、クリシュナムリティという巨大な「通過公案」を何とか通り抜けたから・・・である。


そして順番としてはその後に、「ラマナ=アルナーチャラ」の比類無き臨在と恩寵を直接的に(何度も)体験する・・・という僥倖に恵まれ、お気楽脳天気!」というある種の「安心立命」的なところに何とかたどり着いて現在に至る・・わけざんすね。



で、オウム真理教ではことさらに「バクティ」や「カルマ・ヨーガ」が強調されていたわけだが、この

「バクティ」・・・神への完全なる明け渡し、及び「カルマ・ヨーガ」・・「私」なき奉仕の労働

それ自体は「純粋なる宗教的営為」であり、単にカルト集団に限らずあらゆる「宗教」のいわば「必須アイテム」だし、とりわけ「バクティ」とは信仰の中核そのもの・・でもあり、それなくして宗教もその他のスピリチュアルなアプローチも全く無意味であろう。


問題はそれが「神それ自体」からの発動ではなく、神の名を「標榜する(にすぎない)」人間から、彼個人もしくは組織保全の営利のために「強制的に」命令される。


ことによる弊害であり、と同時に信者にとって誠に安易なるアイデンティティと化してしまう・・逆転した状態を生起せしめてしまうわけでもある。


霊性の道において、「私の中身」なんぞ実は全く無意味でありそれを放棄していく・・のが王道なのだが(だから「バクティ」や「カルマ・ヨーガ」に意義が生じる)、えてして

「私はバクタでありカルマヨーギとして霊性の道を歩いている」・・・こと自体がアイデンティティとしての「私の中身」になり、それをエゴとしてますます強化していく・・・・

羽目になることがかなり多い。つまり「評価の対象」になってしまうのですな。

そこには「優劣」の感情も生起してくるし、誰かに(皆に・上長に・グルに・神に・・)認められるかどうか?・・・が関心事項になるわけで、それにあれこれと「心乱されて」しまう日常になってしまったら、どこにも「安心立命」も「救い」も「さとり」もありませんですな(笑)。



そして肝心なことは「バクティ」とは、こちらから仕掛ける?筋合いのものではない・・・のざんすよ。

これは「神そのもの」が、直接的にその臨在と恩寵をこちらのハートに投げ込んでくる!!

という強烈な体験が先にあり、であればこそ広大無辺なる神様へ答礼するには、「自発的に」バクティでありカルマヨーガであり・・という様式にならざるを得ないのである。



しかしまあ、私の場合はそんなご大層なものではなく、単に「霊性の道」に対する希求の度合いというのが、「どこか適当でいいかげん」である(現在も然りだが)ことが大いに幸いしている・・・ということでもある(笑・・いや実際問題として「真剣に悩み突き詰めてしまう真面目なタイプ」ほどカルトや洗脳に嵌り易いターゲットなのである)


これは「全てを相対化」しうる視点とでもいうべきものを、どうやら子供時分から持ち合わせていた・・・ということのようである。


なるほど「神様」当のものそれ自体は絶対的な存在なのだが、神様という「概念」も・それに関わる「私の中身」なんてのも、実は「相対的な虚構(ただし極めてリアルな・・)」なのざんすよ。


このアクロバチックな有様を徹見すると、人生は無責任にお気楽脳天気!な境地で眼前に「新たなる地平」が拓かれてくる・・・のですなあ。


ということで、確かに私はあくまで結果的に「ラマナ=アルナーチャラ」バクタであり、「畏くも御神意に生かされ在る道具」としての自覚に基づいて「アルナーチャラの宣伝・案内屋」の業務を「カルマ・ヨーガ」として携わっている・・・わけざんすね。


だからそれは「私のアイデンティティ」としての営為ではないのだ!!


では、「私のアイデンティティ」とはいかなるものであろうか?


それは、

「神の庭にて踊る『祝福せし』道化」

なのざんすよん、わはははは・・・・・!!


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