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あたかも老舗の温泉旅館の如く?
2017-02-24 Fri 20:41

本日24日は全インド的な規模でのお祭り「マハー・シヴァラトリ」なのだ。

・・この良き日に合わせて、「臨在」サイトに「ラマナアシュラム総合解説パンフレット」の追記ファイルを掲載したざんす!!

http://www.geocities.jp/ramana_mahaananda/information/panf01.htm



このパンフレットはアシュラム訪問(特に初めての場合)の際には大変便利なアイテムなのだが、昨今は在庫切れなのか全く店頭(アシュラム の「Book Depot・・本屋さん」)で見かけなくなって久しい。


SBSC0118.jpg


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というわけで例によって「大いなるお節介」で、このパンフレットを「ダウンロード&印刷」して実際に使用できるような形で掲載した次第・・今後アシュラムへの初訪問・滞在を計画している方には現地へ携行することをお勧めするざんすよん。

(同時に、90年代にアシュラムが頒布していたパンフを日本ラマナ協会が「翻訳して制作」したもの・・・も復刻掲載している)



実際問題としてラマナアシュラムを初めて訪問して当惑するのは、敷地内の建物というのが「どこに何があるのか?」「この建物は何なのか?」・・ということがよく判らないことであろう。


アシュラムは1922年12月に創建されたのだが(あと5年で100周年ですなあ・・)、そもそも最初から「ここにこういう風にアシュラムを作ろう!!」というような全体計画に基づいて設計されたわけではない。


アシュラムが現在の地に建設された経緯は次のような経緯による。


マザー(ラマナ母堂)はその肉体的死の直前に、ラマナによって直接解脱に導かれた・・が故に彼女もまた「聖者」さんとなったわけだが、「解脱した聖者さんの遺体は荼毘に付さず土葬する」のがヒンドゥのしきたりである。

ところが同時に「アルナーチャラ山には遺体を埋葬してはならない」というしきたりが古来からあって、当時ラマナを慕って集まっていた信奉者達はまさしく山中のスカンダ・アシュラムに居住していただけに、「マザーの遺骸をどうすれば良いのか?」が問題となった。


マザーの命日は西暦では1922年5月19日(命日法要はタミル暦計算なので毎年日付が異なる)なのだが、これはインドでは「酷暑季」の真っ最中であるため、のんびりその問題を検討しているわけにはいかなかった・・・という事情もあろう。


かくして協議の結果マザーの遺骸は麓まで運ばれ、沐浴場の近くの「何もない野原」の一角に埋葬され、その上にリンガムが置かれ「椰子の葉っぱ」で編み上げた屋根で囲われた簡素なサマディ(墓所)が作られた・・・そこが現在の「マザーシュライン」である。

http://www.geocities.jp/ramana_mahaananda/ramanasramam-holder/photo-holder/m-samadei.htm



そして以来ラマナは毎日のようにスカンダ・アシュラムからマザーの墓所まで往復していたのだが、12月に入ったある日からはマザーの墓所に留まったままスカンダ・アシュラムへ戻らなくなってしまった。


・・・・こうなると信奉者たちとしてはスカンダ・アシュラムにいてもどうにもならないわけで、三々五々と山から下りてきて「ラマナと共にマザーの墓所に留まる」ようになっていき、やがて最後の留守番メンバーもこっちにきてしまい(笑)・・・かくして現在の地にラマナアシュラムが創建された、というより「始まってしまった」わけである。



そんな風に始まっただけに、その後の歳月の流れの中で順次あれこれと建物が増えていったわけで、あたかも日本の老舗の温泉旅館の如く(本館・別館・新館・第2別館・・・みたいな感じで)展開されていったが故に、初訪問者にとっては全体の把握がなんともややこしかったりするわけである。

(本体敷地外にも「飛び地領」的なアシュラム所有施設が各所に点在している・・新しいゲストルームなども本体敷地外にある)


・・・しかもアシュラムはなかなか不親切なので?それぞれの建物に英語表記は殆どない上に「誰も案内してくれない」のである。

従って「アシュラム公認ガイド」などと称してアプローチしてくる輩がいても信用してはならない・・そういう者は存在しないのだ、この私も含めてであるが(笑)。



私が96年に初めて訪問した際も、「全く事情が判らない」まま滞在していたのだが(ゲストではなくアウター生活)、その最終日になって当時現地に定住されていた故・柳田侃先生(日本ラマナ協会会長 甲南大学名誉教授)とお会いすることになり、先生からあれこれと教えて頂いてようやくアシュラムの全体像が把握できたのであった。



まあそんなわけで、私が「ラマナ・マハルシの臨在」サイトを立ち上げてあれこれラマナアシュラムの情報提供をしているのは、大変面倒見の良かった先生の真似をして「訪問者の便宜を図っている」だけのことであり、そんな大仰な「ボランティア精神」なんてものを発揮しているわけでもない。

時に「ご苦労様です」などとお礼を言われたりもするが、何のことは
ない「好きで好きでたまらない!!」ものを紹介したい・説明したい・・という「大いなるお節介」からの営為なのだ(笑)。



今でこそ「アルナーチャラの宣伝&案内屋」としてそれなりに認知されている立場ではあるが、だからといって「アシュラム公認」の何らかの肩書き・職務を担っているわけではない。

単に現地では「食って寝て歩く・・時には真面目に座ってみよう」という
だけのぐうたら滞在者なのである。


・・・というわけで私を信用してはいけないのざんすよん、もしかしたら良からぬ「下心満載」なのかもよ? わはははは・・・・・!!


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